第36章 祭り、サプライズ
翌朝、エレノア城の塔は、温かな朝日を浴びて黄金に輝いていた。
そよ風が王家の紋章が描かれた旗をやさしく揺らしていた。
リュウガは城の庭を歩いていた。
昨夜の“恋愛騒動”の余韻にまだ気持ちが揺れていた。
……もちろん、その静けさは長くは続かなかった。
「リュウガーッ!!」
聞き覚えのある声が響く。
駆けてきたのは、満面の笑みを浮かべたヴェルミラ姫。
手にはキラキラ光る紙を持っていた。
「……まさか、またか」
リュウガは半分あきれ、半分おびえながらつぶやいた。
「今度は大会?それとも“ちょっとした訓練”でゴーレムと戦うとか?」
「ちがうちがう!……まあ、ちょっとだけあるけど」
ヴェルはいたずらっぽくウィンクした。
「お祭りやるの!ママにお願いして、公式になったんだから!」
「お祭り……?」
リュウガの額に想像上の冷や汗が浮かぶ。
そのとき、リンゴをかじりながらセレステとカグヤがやってきた。
興味津々といった様子。
「どんなお祭りよ?」
セレステが眉をひそめて聞く。
ヴェルは紙を広げた。
そこには金色に輝く浮かぶ文字が躍っていた:
✨エレノアの光祭り!✨
コンテスト! 魔法イベント! 魔法花火!
そしてグランドフィナーレは——
♡心のチャレンジ♡
「……最後のやつ、何?」
リュウガは胸騒ぎを覚えた。
ヴェルは目を輝かせながら叫んだ。
「王国を救った英雄の心を射止めるために、三人の乙女が競い合うの!
観客の前で!
試練あり、感動あり、そして愛の告白あり!!」
「なにぃぃぃ?!」
セレステとカグヤが声をそろえて叫んだ。
「頭おかしいの!?みんなの前でそんなこと!?」
セレステは顔を真っ赤にして震えている。
「参加しないってことは、本気じゃないってことよ」
ヴェルは腕を組んで言い返す。
「開催は三日後!真実の愛があれば、花火がそれに応えるって言われてるの」
「これ……完全にハーレムアニメじゃん」
リュウガはベンチに崩れ落ちた。
「なら仕方ない!その祭り、勝たせてもらうから!」
セレステはリンゴを噛みながら燃える目で宣言。
「私も同感」
カグヤは扇子で涼しげに顔をあおぎながら、静かに微笑んだ。
「本気でいくわよ」
三人が熱い笑みを浮かべながら立ち去るのを見送りつつ、リュウガは空を見上げた。
「……完全にハーレムアニメだ、これ」
遠くの方では、アンとアイオが手帳を取り出して、興奮気味に何かを書き込んでいた。
「これは記録しないと……!」
アイオがささやく。
「タイトルは……『リュウガ先輩の恋愛戦記』で決まりっ!」
アンは目をキラキラさせながら叫んだ。
朝日が昇るころ、エレノアの街はすでに祭りの熱気に包まれていた。
色とりどりの装飾が施された店々、赤いユニコーンの紋章が描かれた旗、風に揺れるリボンたち……
通りの隅々から、祭りの鼓動が感じられた。
「急げ急げ! ステージは昼までに完成させるんだぞーっ!」
口ひげの商人が、スタッフに向かって怒鳴っていた。
「この提灯、どこにかければいいのー?」
少女が母親に聞く。
「今度こそ、しっかり固定しろよ! 前の大会みたいに空飛ぶステージはごめんだ!」
その頃、城の高いバルコニーでは、エリラ姫がティーカップを手に、穏やかな表情で街を眺めていた。
「楽しそうね……」
彼女がふんわりとつぶやく。
「だな」
隣にいたのは兄であり、王位継承者のアドレン王子だった。
「あれだけ混乱があった後だからな。人々は“希望”を求めてる」
エリラは静かに息を吐いた。
「……でも、これが正しいことなのか、まだわからないの。私は衝動的すぎるって言われたし……
準備不足だって、何度も……」
アドレンは妹に優しく微笑んだ。
「お前は“炎”だ。父上が求めているのは“氷”だが……
炎だって、人を導ける」
その言葉に胸を打たれたエリラは、そっとつぶやいた。
「……ありがとう、兄さん」
下では、子どもたちの声が響いていた。
「僕、エリラ姫みたいになりたい!」
「私はセレステがいい!カラフルレーザーでバーンって!」
二人の兄妹は笑い合った。
「もう祭りは始まってるようだな」
アドレンが肩をすくめる。
「じゃあ、行くか。パレードのルート確認だ。
それと、フリルダの店も見てこいよ……また無断で出店してるぞ」
「また!?しかも猫に帽子かぶせて踊らせてたよね!」
エリラは吹き出して笑った。
空がオレンジ色に染まり始めた頃、リュウガは中央の噴水の前で、白いフォーマルなシャツと短いマントを身にまとい、少し緊張しながら立っていた。
「……みんな、どこにいるんだ?」
最初に現れたのはアンだった。
白地に青の縁取りと小さな浮遊するパールが散りばめられたドレスをまとっていた。
「お兄ちゃーん!どうかな?」
「……冬の妖精みたいだね」
「えへへ、それ気に入った!」
次にやってきたのはアイオ。
白と赤を基調にしたドレスに、深紅のリボンを巻いていた。
「私はどう?」
「……美しい。でも、ちょっと危険な香りがするかも」
アイオはくすくす笑って、彼に抱きついた。
次に登場したのはセレステ。
白と金のドレスに、髪は丁寧に編み込まれていて、目はどこか魅惑的だった。
彼女はそっとリュウガの耳元で囁いた。
「待たせちゃった?」
「こ、これは……罠か?」
「違うよ。これは……宣戦布告」
セレステはウインクした。
「ちょっとー!」
その時、カグヤの声が響いた。
彼女は淡いピンクのドレスに花冠をのせ、少しむくれていた。
「一人占めしないでよ!」
「冗談だってば〜!」
セレステは笑いながら答える。
「ふんっ……」
続いてクロが静かに現れた。
深い青のドレスに麦わら帽子、頬はほんのり赤く染まっていた。
「……リュウガ……」
「青、すごく似合ってるよ、クロ」
クロは小さくうなずき、聞こえるか聞こえないかの声で「ありがとう」と呟いた。
「じゃじゃーん!」
突然の声に皆が振り向く。
そこにはヴェルとルシアが立っていた。
まるで伝説の英雄のように輝いていた。
ヴェルは白と赤、ルシアは青と銀のドレスを纏っていた。
「遅れたかしら?」
ヴェルが笑顔で問いかける。
「全然。……すごく綺麗だよ」
カグヤ、セレステ、アイオが互いに目配せし合う。
そしてその瞬間——
ヴェルが足を滑らせ、カゴに引っかかって……ドンッ!
リュウガは地面に転がり、魔法果実に囲まれた。
「ご、ごめんなさいっ!完全に事故だったの!」
リュウガは目を回しながら、ぽつりと呟いた。
「……ここは……天国……?」
「違う!」「現実!」「演出じゃない!」
全員が同時に叫んだ。
そしてその場にいた観客たちから、盛大な拍手が巻き起こる。
「恋の祝福だー!」
「なんてラッキーな冒険者!」
果実に埋もれたまま、愛情に満ちた視線に囲まれたリュウガは、ただひとつ、ため息をついた。
(……やれやれ)