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第35章 王国の心

夜明けの光が、露に濡れた草をやさしく照らしていた。

リュウガは、静かに石畳の道を歩いていた。隣にはアイオがいて、やわらかな旋律を口ずさんでいた。

風が彼女の髪をそっと揺らしながら、アイオは無邪気に腕を揺らしつつ、リュウガに体を少し寄せた。


「アイオ……少しだけ、ふたりきりで話せるか?」

リュウガは、黄金色に染まったカエデの木陰で立ち止まりながら言った。


アイオは顔を上げ、にこっと笑ってうなずいた。


「本気なの? お兄ちゃん」


リュウガは深く息を吸った。

その呼び方……「お兄ちゃん」……

この世界で、そう呼ぶ者はいない。

それは、きっと遠い記憶――日本での過去からの名残かもしれない。


アイオは石のベンチに腰を下ろし、膝を抱えて座った。


「気づいてたんでしょ?」


「……ああ」リュウガも隣に腰掛けながら答えた。

「でも全部を覚えてるわけじゃない。

ただ、学校に行ってて……ある日、違う電車に乗って、新しい本屋を探そうとして……

それから、全部が真っ白になって……

気づいたら、ここにいた」


「――グレイワールド(灰の世界)」

リュウガがぽつりとつぶやく。


アイオはゆっくりうなずいた。


「寒かった。怖かった。

でも、あなたが……あなたが声をかけてくれた。

『そばにいる』って」


リュウガはそっと、アイオの頭に手を置いた。


「もう自由だよ。

今は、みんなと一緒にいる」


「ありがとう……お兄ちゃん」


リュウガは気まずそうに笑いながら、後ろ頭をかいた。


「いつから……そう呼ぶようになったんだ?」


「え? 自然なことじゃない?

だって、私を救ってくれたのはあなた。

だから……そう呼んでもいいよね?」


リュウガの頬が、ほんのり赤くなった。

その時、アイオは突然まじめな表情になって彼を見つめた。


「で、ポイントは?」


「えっ……ポイント?」


「ポイントぉぉぉ!!!」

アイオは拳を振り上げて、誇らしげに叫んだ。


その声をかき消すように、遠くからセレステの声が飛んできた。


「リュウガーッ! 探してるよー!」

夕暮れ時、空が橙色に染まり始めた頃。

リュウガは背後から、急ぐ足音を聞いた。


「リュウガ!」


振り向くと、そこにいたのはヴェルだった。

王女らしい制服ではなく、白いブラウスにぴったりしたズボン、埃のついたブーツ。

金色の髪は少し乱れ、頬は赤く染まっていた。


「話せる?……二人きりで」


リュウガはつばを飲み込んだ。

(……またか)


二人は静かな噴水のほうまで歩いた。

ヴェルは腕を組み、真っ直ぐに見つめてきた。


「……母があなたに話したんでしょ?」


「うん。それに……なんか、君、雰囲気が変わったね」


ヴェルは視線を落とした。


「私はずっとダメだった。リシアを泣かせて、お菓子を盗んで、よく城を抜け出して……でも、あなたが変えてくれたの」


「違う。君が変わることを選んだんだ。今では自分の国を支えてる」


「自信なんてない。でも、あなたの無茶な戦いとか、ありえない発想とか……そういうの見てたら、私も何かになりたいって思った」


そして、顔を真っ赤にしながら、ぼそりと呟いた。


「……はっきり言うよ。私、リュウガのことが好き。……ずっと前から」


「えっ……?」


リュウガはまばたきをし、やがてやさしく笑った。


「王女様がそんな冗談言うなんて」


「バカ!」

ヴェルは彼の胸を軽く叩いた。

「ねぇ……誰か、好きな人いるの?」


リュウガは少し黙ってから、ゆっくりと答えた。


「わからない。でも……君は、すごく大切な存在だよ」


ヴェルはやわらかく笑った。


「それだけで、十分」


そして彼の腕を取って、歩き出した。


「行こう。他のみんな、絶対どこかで盗み聞きしてるよ」


「わかってる……セレステとカグヤあたりが、草むらの影にいるな」


「だったら、見せてあげようよ」

ヴェルはいたずらっぽく笑った。


リュウガは彼女を見つめ、そして――

そっと、おでこにキスをした。


ヴェルは固まったあと、小さく震えて言った。


「な、なにそれ!ずるい!心の準備がまだ!」


「ようこそ、俺の世界へ」

リュウガは笑いながらそう言った。




挿絵(By みてみん)



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この物語はメキシコ出身の作者「ジャクロの魂」によって執筆されています。 お気に入り・評価・感想などいただけると、物語を続ける力になります! 応援よろしくお願いします!
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