第31章 不確実性
戦いは終わった。
だが、感情は煙と共に消えるものではない。
傷の痛みの中で、
嫉妬の陰で、
そして再び交わる笑顔の中で——
仲間たちは少しずつ、「生きること」と「愛すること」の意味を思い出し始める。
戦場の残骸からはまだ煙が立ち上り、月光に照らされた花々が夜風になびいていた。クレヴァクの身体は崩壊し、その多くの口は永遠に静まっている。
――やがて、アンとアイオが涙を浮かべてリュウガに駆け寄った。その瞳にはもう、灰色の霧など残っていなかった。
「お兄ちゃん…!」
アンは震える声で抱きつく。
「リュウガ…!リュウガ!」
アイオも笑顔で叫びながら、両脇からしっかり抱きしめた。
「あなたが来るって分かってた!いつも助けに来てくれるから」
アンは腕を握りしめた。
「ずっと寂しかったよ…怪我はしてない?大丈夫?」
アイオは優しい瞳でリュウガを見つめた。
リュウガは驚いたように瞬きを重ねてから、やっと微笑んだ。
「本当に…元に戻ったんだな」
彼は唾を飲み込みながらこぼれ話した。
「もう変な霧なんて頭の中にないよ!――それにね、“スイート!”って二言おきに言わないし」
アンが胸をはたいて笑った。
「それを言わないと気づくなんて…ちょっと恥ずかしいよ」
アイオが照れくさそうに笑う。
その光景を数歩離れて見ていたセレステは、ため息をついて唇を尖らせた。
「まぁ…可愛いことこの上ないわね。妹たちが“お兄ちゃん”に抱きつくなんて、世界で一人しかいないみたいで、現実味がゼロだけど」
「セレステ?」
リュウガはその軽い毒気に気づいた。
「いや、別に。二本ともダイヤモンド変身で腕を再生し、クレヴァク倒すの手伝ったばっかりだけど?でももちろん…ロリっ子には負けるけどね」
「嫉妬?」
カグヤが真顔で背後から現れた。
「私が?嫉妬? ふん…そんなはずないでしょ、リュウガが魔法少女ハーレム作ろうが知らないわよ」
「…ちょっと皮肉きつかったかも」
カグヤは眉を上げ、少し照れくさそう。
「それに、“カメレオン・ニンジャ”とか“オルカ”とか“ゴリラ”とか“ベータ魚”とか言い忘れてない?」
セレステが鼻で笑う。
「“ペズ・ピエドラ”も忘れないでよ」
カグヤは冷静に返す。
そのとき、マインドコントロールの首輪が消えたクローが静かに近づいてきた。彼女の瞳には生気が戻り、握る剣には力強さがあった。
「…気づかなかったでしょ?」
彼女は穏やかに呟いた。
リュウガは振り向き、安堵と驚きが混じった目で彼女を見た。
「クロー…大丈夫?」
「首輪があっても、真実は見えていた」
クローは穏やかな微笑みを浮かべた。
「でも、行動はできなかった。記憶も光も信頼も…全部揃って、やっと動くタイミングが来ただけ。あなたたちがいたから」
「クロー…」
セレステもそっと近づいた。
「私は、自由になったの」
クローはリュウガに歩み寄り、その胸にそっと手を置いた。
その瞬間、アンとアイオは唇を尖らせながら、まだ彼を抱きしめていた。
「もう! クローもずるい!」
アンがほっぺをぷくっと膨らませて抗議。
「お兄ちゃんは私たちのものなの!」
アイオも強く抱きついて叫んだ。
リュウガは冷や汗をかき、絶句した。
「え…えっと…いったい何がどうなって…?」
「みんなで仲良くしようってことよ!」
アンが胸を張って言い切った。
「でも…ほどほどにね!」
アイオがそっと追加した。
「…私が一番過激って言われそう」
セレステは目を細めつつ小声で呟いた。
「ようこそ、リュウガの新生活へ」
カグヤがにんまりして言った。
「…俺、完全に取り囲まれてる…」
リュウガは呆れ笑いで苦笑した。
戦場にはまだ灰の香りが漂っていたが、その場には破壊の代わりに――再び“笑い”と“命”と“つながり”の温もりが溢れていた。新たな夜明けの予感とともに、彼らの未来にかすかな希望の光が灯り始めていた。
夜はまだ灰の匂いがした。
だが、それは死の匂いではなかった。
抱きしめ合う温もり。
言葉にしない嫉妬。
そして、再び始まる命の気配——
それらは、不確かさの中でも、
希望は生き続けるという小さな証だった。