第30章 絶望から希望へ パート2
恐怖の只中で——
たとえ最もかすかな炎であっても、希望の灯台となり得る。
砕かれた心。
失われた姉妹たち。
そして、忘れ去られた力——
すべてが交わり、世界の運命を決する時が来る。
戦場の叫びがこだまする中、クレヴァクは獣のような咆哮をあげながら飛びかかってきた。異形の口が無数に裂け、笑い声や悪夢のような悲鳴が重なる。痛みこそが彼の糧だとばかりに、全ての口が同時に開き、女子たちを貪ろうと襲い掛かった。
「気をつけて!」
クロが叫び、ヴェルとセレステの元へ駆け出す。
しかし最初に反応したのはアンだった。決意の光が瞳を貫く。
「ホワイト・ウィップ!」
足元に浮かぶ魔法陣から月光のように輝くクリスタル製の鞭が二本出現。スナップひとつでクレヴァクの口元へと鞭が舞い、腐敗した肉にヒビを走らせ、彼を大きく揺らした。
「もう壊滅はさせない!今日で終わりだ!」
アンは踏み込みながら叫び、幾度も攻撃を繰り返す。
一方、アイオは炎の舞を思わせる身のこなしで前に出た。
「あなたにはやらせない!」
赤いオーラに包まれた脚がクレヴァクの腕めがけて一撃を浴びせる。その蹴撃は鋼鉄のように硬く、敵を滲ませた。
リッシアは一歩引き、正確に弓を引く。
「エメラルド・ゲイル…カスケード・アロー!」
魔法の矢が大嵐の如く弧を描き、数十本の光弾がクレヴァクの胴へ突き刺さり、唸り声が広がる。
「…また厄介な奴らか! 全部消し去る!」
クレヴァクは嗜虐的に唸り声をあげ、体からさらに口を生成し、まるで彼らの“存在”すべてを喰らおうとするかのようだった。
だがクロは一歩前に出て、曲刀を構えると静かに囁いた。
「ミッドナイト・スライス…」
その刃が空気を切り裂き、同時に深い藍色の霧が戦場を包んだ。クレヴァクの視界を奪い、動きを鈍らせる。
「見えない…なにこれ?!何だこれ?!」
モンスターは叫びながら手探りで霧を払い、四肢を擦るたびそこには小さな爆発が起き、焼け焦げる音が響く。
「ただの霧じゃない…拘束魔法だ!」
国王が驚嘆し、王妃も目を見開いた。
「クロ…あの子が使ってるのは“攻撃型秘匿霧”よ!まさか…!」
そのとき、傷だらけのリュウガが呻きながらその光景を見つめていた。
「信じられない…どうやってこんなことを…?」
するとカグヤが影から現れ、リュウガの腕を掴んで一瓶の薬を手渡した。
「飲んで。あなたが倒れるわけにはいかない」
「あなたも…」
「私は大丈夫。今は。」
二人が息を整える中、狂乱したクレヴァクがまたも咆哮を上げる。
「俺を傷つける奴らは…全部喰らってやる! 痛み…欲しい…支配したい…」
その瞬間、セレステが立ち上がる。再生した腕は真っ白な輝きを帯びていた。
「リフラクテッド・スター・バースト!」
掌に青白く輝く球体が現れ、抑えきれない光を周囲に放った。連続する光線がクレヴァクの口をレーザーのごとく穿ち、精確に破壊する。
ヴェルは深紅のエネルギープラットホームに乗り、空をかける。
「クリムゾン・ストーム!」
走る符文の輪が炎を降らせ、魔力耐性を持つ怪物の体表を焼き尽くしていく。
「全部、返させてもらう!」
ヴェルは叫びながら炎をまき散らす。
それを受けてクレヴァクは狂乱する。
「恨んでやる…お前ら全員を!」
もう一度突進を試みる彼を止めたのはアンだった。後ろに浮かんでいた時計と共に現れた魔法円が時を遅らせた。
「タイム・パンプキン!」
歯車の魔力が時をねじ曲げ、クレヴァクの動きを鈍らせる。
「今…アイオ!」
燃えるようなオーラに包まれたアイオが叫んで前進する。
「クリムゾン・ファイナル・パンチ!」
拳が爆発するような威力でクレヴァクの胸を叩き、あたりに衝撃波を走らせた。彼は血と苦痛の咆哮をあげる。
リッシアはその隙に弓を構えた。
「エメラルド・ライトニング!」
巨大な雷撃が胸元を貫き、怪物は痺れたように身体を硬直させた。
「ぐああああ! 恨んでやる…!」
そのとき、セレステ、ヴェル、クロがクレヴァクを囲む。三人は武器を掲げ、叫ぶ。
「みんなを…守るために!」
「消えた命のために!」
「そして…未来のために!」
「トリニティ・ジャッジメント!」
ダイヤモンドの光、鮮烈な炎、そして秘匿霧が融合し、クレヴァクを包み込む。強烈な輝きが走り抜けたあと、怪物は地を這い、無言で動きを止めた。
――静寂。
続いて、粉塵が舞う。クレヴァクの体はぐったりと倒れ、無残にその場に沈んでいった。
勝利を前に立つ面々は皆、傷ついていた。だがその眼には、確かな希望と決意が宿っていた。
戦場の残骸からはまだ煙が立ち上り、焦げた炭と燃え残った瓦礫が淡い光を帯びていた。かすかな風が生存者たちの頬をなでる中、クレヴァクの異形の身体はついに崩壊し、その多くの口は永遠に閉ざされた。
一瞬の静寂が訪れ、そして――アンとアイオが涙を光らせながら真っ先にリュウガへ駆け寄った。二人の瞳には、もはや灰色の霧など宿っていなかった。
「お兄ちゃん…!」
アンは声を震わせながら駆け寄る。
「リュウガ…!リュウガ!」
アイオも笑顔で叫びながら、両脇から彼を抱きしめた。
「来るって分かってた! いつだって助けに来てくれるんだもん!」
アンはしがみついて腕を握る。
「寂しかったよ…怪我はない?大丈夫?」
アイオは優しい目でリュウガを見つめた。
リュウガはしばらく目を瞬かせ、そして少し笑った。
「本当に…元に戻ったのか?」
彼は唾を飲み込みながら問いかける。
「もう頭の中に変な霧なんてない! —それにね、 'スイート!' って二言おきに言わないよ!」
アンが胸をはたきながら答えた。
「それに気づいてくれるなんて…なんだか恥ずかしい」
アイオが照れくさそうに笑う。
数歩離れてそれを見ていたセレステは、ため息をついて唇を突き出した。
「まぁ…可愛いことこの上ないわね。妹たちが『お兄ちゃん』に抱きつく場面なんて、まるで世界で一人しかいないみたいに…現実味ゼロだわ」
「セレステ?」
リュウガはその軽い毒気に気づいた。
「いや、別に。腕、二本ともダイヤモンド変身で再生させて、クレヴァク倒すの手伝ったばっかりだけど? でももちろん…ロリっ子には勝てないってだけよ」
「ヤキモチ?」
と、カグヤが背後から真顔で現れる。
「私が?ヤキモチ? ふん…そんなはずないでしょ、リュウガが魔法少女ハーレム作ろうが知らないわよ」
「…ちょっと皮肉が強すぎたかも」
カグヤは眉をあげ、軽く困った表情。
「それより、あんた“カメレオン・ニンジャ”とか“オルカ”とか“ゴリラ”とか“ベータ魚”とか言い忘れてない?」
セレステはふん、と鼻で笑う。
「“ペズ・ピエドラ”忘れてるわよ」
カグヤは冷静に返す。
そのとき、コートなしのクローが静かに近づいてきた。マインドコントロールの首輪は消え、瞳には生気が戻っていた。静かに剣を握りしめて――
「…気づかなかったでしょ?」と、甘く囁くように言った。
リュウガは振り向き、驚きと安堵が混じった目で彼女を見る。
「クロー…大丈夫?」
「首輪があっても、真実は見えてた」
クローは穏やかな微笑みを浮かべた――「でも行動できなかった。記憶も光も信頼も、全部揃ってようやく動く機会が来ただけ。あなたたちがいてくれたから」
「クロー…」
セレステもその場に静かに歩み寄る。
「私は、自由になったの」
クローはリュウガに歩み寄り、そっとその胸に触れた。
その瞬間、アンもアイオも、まだ抱きついたまま唇を尖らせた。
「もう! クローもずるい!」
アンがほっぺをぷくっと膨らませて抗議。
「お兄ちゃんはうちらのものなの!」
アイオも力強く抱きつきながら叫ぶ。
リュウガは冷や汗をかき、一瞬固まった。
「え、えっと…いったい何がどうなって…?」
「みんなで仲良くしようってこと!」
アンは胸を張る。
「でも…ほどほどにだからね!」
アイオが小さくプンプンしながら付け足した。
「…私が一番過激って言われそう」
セレステは目を細めながら小声で呟いた。
「ようこそ、リュウガの新生活へ」
カグヤはにんまりして言った。
「…俺、完全に取り囲まれてる…」
リュウガは呆れながら苦笑い。
そして――戦場にはまだ灰の匂いが漂っていたけれど、その場に溢れるのは破壊ではなく――再び息づく「笑い」と「命」と「つながり」の温もりだった。
新たな夜明けの始まりを感じながら、彼らの未来に、かすかな希望が光り始めていた。
笑い声が、悲鳴に取って代わった。
震える手は、新たな始まりの温もりを掴もうとしていた。
しかし——闇というものは、完全に死ぬことはほとんどない。
霧の向こう、どこか遠くで。
新たな敵が、静かにこちらを見つめている。