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第305章 – 血に宿る灰

白く冷たい月がヴォルテルの上に昇っていた。

宿の中は静寂に沈み、シーツの擦れる音さえ、嘆きのように響いた。


セレステは窓辺に座っていた。

シャツのボタンは少し外れ、髪は肩に落ちている。

その瞳は空ろで、月の光を氷の鏡のように映していた。

膝の上には銀色の小さな拳銃――ハンカチに包まれて静かに横たわっていた。


扉が静かに開く。


――まだ起きてるの?――ミユキの震える声。

ギルドの外套を羽織り、手にはランプを持っていた。


セレステは振り向かずに言った。

――眠れないの。

――そう思ったわ。


ミユキはランプを机に置き、ゆっくりと近づく。

――思い出しているのね……あの頃のことを。

――ええ。

声は穏やかだったが、その奥には隠しようのない重さがあった。


ミユキは彼女の前に腰を下ろし、ランプの光が二人の疲れた顔を照らす。

――話して――彼女はそっと囁いた。


セレステは目を閉じた。

空気が重く沈み、

言葉が、傷口のように流れ出した。


「空気は、血の鉄の匂いで満たされていた。」


リュウガは立っているのがやっとだった。

戦場は燃え、仲間たちの亡骸が灰の中で影のように散らばっていた。

私は彼の隣にいた。

そして、エリアスも。


その光景はいまだに、心の中で消えない炎のように燃えている。

私たちは三人、包囲されていた。

リュウガは血を流し、エリアスは叫び、敵――“平原のアビス”が私たちを見つけた。


折れた旗。

燃える大地。

エリアスの涙。


――「俺が倒れても泣くな。無駄にするな。」

それが、彼の最後の言葉だった。


次の瞬間――

衝撃。

胸を貫かれ、

それでも笑おうとしていた。希望を残すために。


爆発。

リュウガと私は吹き飛ばされ、

彼を――失った。

目の前で、灰になって消えていった。


リュウガは声が枯れるまで、彼の名を叫んだ。


セレステは目を開き、震える息を吐いた。


――それから……何週間も眠れなかった。

リュウガは重傷、私は両腕を失いかけていた。

炎が消えたとき、終わったと思った。

でも、本当の地獄はそこからだった。


――地獄?――ミユキが小さく問う。


――孤独よ。

エリアスが死んだのは、私が弱かったから。

再生された腕に触れるたび、彼の腕が崩れ落ちた感触を思い出すの。


セレステは銃を手に取った。

月明かりが金属を照らす。


――これは……彼が残したもの。

唯一、壊れずに残った。

昔、彼は言ったわ。

「もしいつか、自分の魂が自分のものでなくなったと感じたら、

誰かに奪われる前に、それを使え」と。


――使おうとしたの?――ミユキの目に涙が浮かぶ。


――ええ。

あの夜……そうした。

心臓に銃を向けた。

でも、引き金を引く前に――ノックがあった。

リュウガだった。


――「本当に、彼はそんな姿を望んでると思うのか?」

――「分からないわ。私も死ぬべきだった。」

――「違う。君が生きてるのは、彼が守りたかった“何か”があるからだ。」

――「何を?」

――「君自身だ。」


セレステは唇をかみしめた。


――あの夜、誓ったの。

目的なく銃を撃つことは、二度としないって。

でもね……目を閉じるたび、まだ聞こえるの。

彼の声、笑い声。

そして思うの。

――赦しなんて、本当に存在するのかって。


ミユキは立ち上がり、そっとセレステの手を包んだ。

銃の上に手を重ねて。


――赦しなんて、求めなくていいの。

あなたのせいじゃない。

もしエリアスがこれを残したのなら、

それは「終わり」ではなく、「生き続けろ」という意味だったはず。


セレステは彼女を見た。

一瞬、緑と紫の瞳が重なった。

罪と生存を共有する者同士として。


――ありがとう、ミユキ。


ミユキは微笑み、

――約束して、セレステ。

――何を?

――次に引き金を引きたくなったら――

敵に向けて撃ちなさい。

自分に向けるんじゃなくて。


久しぶりに、セレステは微笑んだ。

――約束するわ。


ミユキは短く抱きしめてから部屋を出た。

扉がカチリと閉まり、

その音は雷鳴のように響いた。


ランプが揺れ、

ミユキは涙と雨で濡れた頬のまま、膝をついた。


セレステは震えながら叫んだ。


――やめて……“ごめんなさい”なんて言わないで!

過去にできることなんてないのよ! 分かる!? 何も!


重苦しい沈黙が戻る。

窓を叩く雨の音だけが響く。


ミユキは何も言わず、ただ顔を覆って泣いた。


――分かってる……分かってるのよ……

――なら、生きて償いなさい――セレステは冷たく背を向けた――

それが、今できる唯一のこと。


ミユキは床に伏して泣き続け、

セレステは窓際に立ち、月を見上げた。

指先で机の上の銃に触れながら。


――エリアスが残したの、この銃を。

「もし出口のない世界に閉じ込められたら使え」って。

でもそれは――死ぬためじゃない。

自分を思い出すために。


ミユキは顔を上げ、かすれた声で尋ねた。

――今のあなたは……誰なの、セレステ?


セレステは目を閉じた。


――まだ生きてる人間よ。

生きている理由も分からないまま、

それでも……生きている。


月光が彼女の輪郭を照らす。

窓に映るその姿は、泣くべきか戦うべきかを忘れた女の影のようだった。


セレステは銃をもう一度見つめ、

それを机の上――ランプの隣に置いた。


――エリアス……

彼女はその名を震える声で呼んだ。


――今度こそ……暗闇の中では死なない。

「すべての銃声が殺すためのものではない。

中には――まだ自分が生きていると、思い出させるためのものもある。」


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この物語はメキシコ出身の作者「ジャクロの魂」によって執筆されています。 お気に入り・評価・感想などいただけると、物語を続ける力になります! 応援よろしくお願いします!
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