第304章 – 「過去の残響に宿る真実」
ヴォルテルの街に灰色の朝が降りていた。
騒がしさと噂話から遠く離れたギルドの一室に、仲間たちは集まっていた。
カーテン越しの光が、疲れた顔に影を落とす。
リュウガは部屋の中央に座り、ミユキが差し出したお茶の湯気を黙って見つめていた。
彼女は鉱山から戻って以来、ひと言も発していなかった。
空気は重く張り詰めていた。
ついに、ミユキが口を開いた。
――……リュウガ。
――何だ?
――話さなければいけないことがあるの。
この世界に来てから、ずっと黙っていたこと。
全員が彼女を見た。
いつも冷静なセレステでさえ、読んでいた魔法文書から目を離した。
ミユキは目を伏せ、スカートの裾をぎゅっと握る。
――女神に召喚されたとき、私たちは一緒だった。
イツキ、レイナ、イリス、サリア……そして、あなたも。
でも――転送の途中で何かが起きた。
あなたの身体は光の流れから外れて……消えたの。
ウェンディが目を細める。
――消えた? 神の召喚で「消える」なんてあるの?
――そう、私たちにそう言われたの。
女神は言った。あなたには「英雄の資質」がないと。
クラスも、魔力も、運命も。
あなたは……「誤差」だと。
だから別の場所に送ったのだと。
――誤差、か……――リュウガは驚かず、苦笑しながら呟く――
なんとなく、そんな気はしてたよ。
セレステがじっと彼を見つめる。
――その「別の場所」で、何があったの?
リュウガは一瞬目を閉じた。
そして、記憶が嵐のように蘇る。
白い遺跡。
顔のない声。
鏡に満ちた研究所。
そして、女神の声――
甘く囁くように、心に響いていた。
「あなたに存在する理由を与えましょう。」
――訓練じゃなかった……――リュウガは低く呟く――
それは“書き換え”だった。
記憶も、感情も操作された。
偽りの過去を植え付けられたんだ。
自分が誰で、何を失ったのかさえも。
俺は“理想の英雄”を作るための……試作品だった。
アイオは口元を押さえ、顔を青ざめさせる。
ヴェルは拳を握り、
パールは無表情な顔に、かすかな人間味のある悲しみを浮かべた。
ミユキは続ける。涙をこらえながら。
――あとで真実を知ったけど……私は何もしなかった。
怖かったの。
ヴォルテルの評議会は、あなたの話を禁じた。
「失敗した被検体」は、忘れ去られるべきだと。
私は……黙ってた。
――女神が怖かったから?――セレステが鋭く問う。
――友達を失うのが、怖かったの……。
沈黙が、刃のように場を裂いた。
リュウガは長くミユキを見つめ、そして息を吐いた。
――謝らなくていいよ、ミユキ。
そのときの君は、ただ「神を信じた子供」だった。
俺だって、知らなければ信じてたさ……あいつらが何をするのか、知るまではな。
セレステが静かに立ち上がる。
――なら、すべてが繋がる。
女神はリュウガだけじゃない……私も操ってた。
記憶も、出自も、プリズム核さえも。全部、あの実験の産物。
ウェンディが机を叩く。
――その間に、私たちは何の疑いもなく戦ってたなんて!
これは、私たちの想像以上に大きな問題よ!
リュウガが立ち上がる。
――だからこそ、前に進まなきゃいけない。
無視できないことがある。
あの「大会」はただのイベントじゃない。
それは選別だ。
従順な英雄を選び、反抗する者を……排除する。
アンが好奇心に満ちた目で問う。
――じゃあ、どうするの?
リュウガは全員の目を見て、ゆっくりと言った。
――俺たちでチームを組む。
8人。もっとも適合する者たちで。
大会に参加し……優勝する。
――女神が測るなら、その“物差し”で、奴を流血させるまでだ。
視線が交差する。
そして、一人ずつ、名前が上がった。
ブルナ(馬の少女)は地を踏み鳴らしながら言った。
――私も行く。大地なき力など、意味はない。
ハル(狐の少女)は自信満々に笑った。
――誰かが仮面を被ってるなら、私がその顔を切り落とす。
アオイは元気よく手を挙げた。
――私もやる! 今度は本気で戦う!
スティア(戦闘用アンドロイド)は無感情にうなずいた。
――プロトコル起動。優先目標:リュウガ・コアの防衛。
パールは一歩前に出て、静かに告げる。
――今回は命令じゃない。
「自分の意志」であなたと行く。
ヴィオラは銃をくるりと回して笑った。
――言葉は苦手だけど、撃つのは得意よ。任せて。
リシア(弓のエルフ)はフードを下ろして答えた。
――この道の先に真実があるなら、迷わず進む。
そして最後に、クロが静かな声で言った。
――お前は神の“誤差”。
だが同時に、最も大きな“脅威”。
俺は、最後まで付き合う。
リュウガは腕を組んでうなずいた。
――8人。
世界に挑むには、十分だ。
ミユキは一歩引き、かすかに笑った。
――じゃあ……私は別の場所で支えるわ。
英雄じゃなくていい。
信仰を取り戻したい、ただの人間として。
リュウガは彼女を静かに見つめて言った。
――なら、やってくれ。
――大会が終わったら……女神の神殿へ行く。
英雄は犠牲から生まれる。
だが、本物の英雄は――自ら破ることを選んだ“嘘”から生まれる。