第28章 絶望を越えて
高所から城壁を見下ろすセレステとカグヤは、敵の波状攻撃を連携して防ぎ続けていた。セレステは胸の宝石を輝かせ、手を空に向かって掲げる。
「X‑セイバー…ディヴァイン・パルス!」
黄金の光が渦を巻きながら降り注ぎ、数十の敵兵の動きを鈍らせる。その隙を突いて兵士たちが反撃。剣戟の轟き、矢の風切り音、そして灰色の煙が戦場を覆う。
「カグヤ、右翼を支えてくれ!」
セレステが鋭く叫ぶ。
カグヤは一瞬目を閉じ、ニンシの言葉を胸に静かに思い浮かべた。失われた命への責任と赦しの炎が、その胸に燃え上がる。
「──今度こそ、失わない!」
彼女が手をくるりと回し、光とともに異形へと変化する。
深海魔獣・センタロフリネ・スピヌ──
光る顎で幻惑の網を張り、敵同士を誤認させて噛み付く。
氷牙獣・フォカ・ロボ──グレイシャル・ランページ!
凍気を帯びた突進が群れを粉砕し、一瞬で複数の敵を凍結させる。
剛腕獣・ゴリラ形態──シミアン・クラッシュ!
拳が地面を殴り、音速の衝撃波で兵列を崩壊させる。
大地獣・マウンテンブル──テクトニック・スパイク!
地中から尾を突き出し、大岩のような尾撃が複数の敵を貫く。
「強さだけじゃ足りない…心がそこにあるのか!」
カグヤが咆哮し、覚悟の炎を放つ。
「セレステ、援護する!」
息を切らしながら彼女が叫ぶと、セレステは杖を高く掲げた。
「X‑セイバー、展開!」
背後に光の剣が浮かび、切っ先が敵を薙ぎ払う。支援陣の兵や魔導師たちが前線を再構築する。
──一方、前線では──
リュウガと敵将・クラヴァクが激突していた。棍棒が地を裁断し、衝撃が大地を砕く。
「お前は強い……だが神ではない!その身を引き裂いてやるぞ!」
クラヴァクが咆哮し、魔力の衝撃波を放つ。
リュウガはそれを「フォース・パルス」でかわし、反撃の隙を作る。
「神など要らない。猛き悪を屠る力が――我らには必要だ!」
魔力を込めた蹴撃が敵を吹き飛ばす。
その時、クローが息を切らして駆け寄った。
「ヴェルミラ姫とリッシア姫は……?」
リュウガの問いに、クローは首を小さく振る。
「──戦場にいたが、行方不明です。追跡手が途切れましたと報告が」
直後、クラヴァクが叫ぶ。
「爆裂矢、放て!城壁を崩せ!」
ルーン文字が浮かぶ巨大な矢が放たれ、魔法結界を突破して城壁の弱点をえぐる。轟音とともに瓦礫が崩れ……その瞬間、チーター形態のカグヤが閃光のごとく現れ、二人を腕ごと抱えて安全圏へ飛び込んだ。
「──大丈夫か!?」
カグヤが叫ぶと、姫たちは小さく頷く。
しかしその刹那、姫たちの姿が揺らぎ、消えていった。
「そんな……!」
呆然と立ち尽くすカグヤ。
消えた場所に、ヴェルミラ姫とリッシア姫が現れる。
「ヴェル!? リッシア!?」
遠くからリュウガも叫ぶ。
「ごめんなさい…皆さん。私たちも……後ろにいられなかったの」
頬を紅潮させながら、ヴェルミラが俯いて言った。
リッシアも毅然と応える。
「私もです。この王国は私たちのもの。隠れてなんかいられません!」
戦場に一瞬の静寂が走り──敵すらも息を呑む。
だが、クラヴァクは不気味に笑った。
「ふむ……面白い。さらなる獲物が増えたようだな」
その笑いが、魔色の夜風に深い闇を重く響かせた──
戦場の咆哮は耳をつんざくほどだった。
クラヴァクは今や怪物の姿となり、歪んだ身体には無数の涎を垂らした口があり、一部は笑い、一部は叫び、そしてまた別の口はおぞましい言葉を囁いていた。その体格は普通の人間の三倍以上。踏みしめるごとに地面が震え、吐息は死と血の臭いで満ちていた。
「うわあああ!逃げろぉぉぉっ!」
前線の兵士たちは絶叫しながら、命からがら逃げ出していた。
「敵じゃない…人間じゃないぞ、あれは!」
「助かる道は…もうない!」
だが、救いなどなかった。クラヴァクの身体にある口は、味方でさえも喰らい、その肉と命を吸い上げていく。
「じ、自分の仲間まで食ってるのか!?」
ショックを受けた騎士が叫んだが、次の瞬間、怪物の舌に絡め取られ、巨大な口に飲み込まれてしまった。
石の高台から、セレステが魔法を発動した。
「セイバーX・ブレイカー!」
眩しい光の波動が放たれ、何体もの敵を両断する。
「それでも止まらない!リュウガーー!!」
彼女は前線へと迫るクラヴァクに向かって叫ぶ。
炎に包まれたリュウガが空から舞い降り、剣を構えた。
「バーニング・エッジ!」
炎を纏った剣がクラヴァクの一つの腕に炸裂し、火花を散らした。怪物は獣のような呻き声を上げる。
「グオオオ…やるじゃないか、人間!気に入った!」
クラヴァクは幾重にも重なる声で応えた。
一方、カグヤはカメレオン・ストーンフィッシュの姿に変化し、幻想の光に包まれて姿を消したかと思うと、クラヴァクの背中に現れ、影の力を込めた短刀を突き刺した。
「ヒドゥン・ファング!!」
近くの口が彼女を食らおうとしたが、カグヤはすぐさま飛び退き、泥の中を転がって回避した。
「止まらない…!まるで不死身…!」
彼女は歯を食いしばりながら叫んだ。
クラヴァクは笑った。その笑いは壊れた太鼓のように戦場に響き渡った。
「もうどうでもいい!逃がさんぞ!貴様ら全員だ!今日ですべてを終わらせてやる!」