第2章 灰の中の目覚め
「身体が壊れ、記憶が自分のものでなくなったとき……
一体、何が残るのだろう?」
肉体の痛みは、いずれ消える。
だが、もっと深い傷がある――
こう囁く傷。
「お前は、ここに属していない」と。
リョウの胸に走る鼓動、一つ一つが棘のように突き刺さった。
呼吸するたびに、それは残酷なまでに失ったものを思い出させた。
「……ここは……どこだ?」
声は虚空に溶けて消えた。
そして、現れた。
暗い断片。
まるで壊れた映像。
間違った夢のように。
制服姿の少年が、街灯の下を歩いている。
見たことのない文字が書かれた看板。
路地から立ち上る湯気。
ネオンに溶ける摩天楼。
記憶。
だが、それはこの世界のものではなかった。
最も恐ろしかったのは――
自分がその少年だと、わかってしまったこと。
「……これは……何なんだ?」
彼は頭を抱えた。
頭蓋に槍が突き刺さるような激痛。
その時、声がした。
静かに。
確かに。
容赦なく。
――「思い出せ」
目が開いた。
心臓が暴れ出す。
脇腹が焼けるように痛む。
すべてが揺れていた。
彼は這いずりながら進んだ。
湿った土。
岩。
焚き火。
そして、洞窟。
声がした。
「……リョウ?」
ダリアだった。
炎の光に照らされた白い髪。
泣き腫らしたその目は、赤く染まっていた。
「起きないかと思った……
すごく冷たくて……
何度呼んでも、応えてくれなかった……」
「……彼はまだ、生きてる。
……たぶん……」
彼は微笑もうとしたが、
それは罪の重みに満ちた顔になった。
エリアス。
その名を口にしなくてもわかっていた。
「……ダリア……」
リョウ――いや、リュウガが口を開いた。
その声は、もはや同じものではなかった。
「……僕はもう、君が知っている人間じゃないかもしれない」
彼女は眉をひそめた。
「どういう意味?」
「……他の世界を思い出した。
他の名前も」
「……他の?」
「本当の名前は――橋本リュウガ。
そして、僕は『日本』という場所から来た」
ダリアは驚くより、悲しげに目を伏せた。
「じゃあ……全部、嘘だったの?」
「違う。全部、現実だった。
でも……たぶん“僕”が偽物だったんだ」
記憶の改ざん。
操作。
実験だったのか?
もしネクロレイザーがまだ生きているなら、
エリアスの犠牲は無意味だった。
「絶対に……あなたを死なせない」
ダリアが言った。
リュウガは止めようとした。
だが彼女は彼を抱きしめた。
傷つき、壊れながらも。
「君も……傷だらけだ」
ダリアは目を伏せた。
「私にも……記憶があるの。
でも……それは、この世界に合わせて作られた夢みたいだった」
顔から血の気が引いていく。
「じゃあ……私も本当は……?」
「思い出してみて。
子供のころのこと。
両親の顔。
学校の初日を」
彼女は目を閉じた。
何もない。
霧の中。
「……だめ……ぼんやりした映像しか見えない……」
「じゃあ君も、もしかしたら“ダリア”じゃないのかもしれない」
熱が上がる。
体力が限界を迎えていた。
リュウガは彼女に近づいた。
その瞬間――
彼の目の前に、透明なインターフェースが現れた。
-脈拍異常
-高熱
-骨感染症
-状態:危篤
「ダリア!ダメだ!」
「体が……壊れていく……」
「絶対に助ける!」
彼女が意識を失った。
リュウガは闇のエネルギーを呼び出す。
足元に魔法陣が浮かび上がる。
彼の腕が崩れ始める。
ダリアが目を覚まし、叫んだ。
「……私の腕!?
何をしたの!?」
「君を救うためだ」
彼の手のひらに、黄金の光が灯る。
火花が舞う。
そして――
新たな武器が生まれた。
最初は透明だった。
やがて形を持ち、
光と意志で鍛え上げられた。
「これ……私、使えるの?」
「うん。
君と共に成長する。
ずっと、君のものだ」
数日後
湿った森を二人で歩いていた。
「……今の、聞こえた?」
茂みの中で、目が光っていた。
「構えて!」
彼らは開けた場所に走った。
ダリアが光の矢を放つ。
「ブリリアント・アロー!」
リュウガは霊剣で狼たちを斬り倒し、
正確にとどめを刺した。
その後、手をかざして
獣たちを光の渦に収納する。
「……インベントリ?」
「たぶん。
まるでゲームみたいだな」
彼女は笑った。
新しい、力強い笑顔だった。
その夜、焚き火の前で――
「知りたいの。
誰が私たちに、こんなことをしたのか。
そして、なぜか」
「僕もだ……
本当の自分を、知りたい」
彼女は彼を見つめた。
「リュウガ。
もう、“ダリア”って呼ばないで」
「えっ?」
「その名前……たぶん、本当の私のじゃない。
でも今、選べるなら――」
彼女は微笑んだ。
新しく生まれ変わった笑顔。
「“セレステ”と呼んで。
空の色みたいに。
新しい始まりの名前として」
セレステ。
青い空。
新たな約束。
リュウガはうなずいた。
二人は拳を握り合わせた。
星降る夜空の下で――
昨日の灰と、
明日の光の狭間で――
静かに誓いを立てた。
「もう嘘はつかない。
もう逃げない。
この世界の真実を、必ず見つけ出す。」