第274章 ― 「苦き別れの警告」
ダイヤモンドの塔に朝が訪れた。
空気は静かで、子どもたちは家族と再会し、廊下には安堵と希望の気配が漂っていた。
だがその裏で――
中庭では、一つの旅立ちの準備が進められていた。
ヴォルテルの英雄たち。
戦いの痕がまだ残る彼らは、装備を整え、バックパックを背負い、東の道へと進もうとしていた。
その中に、宮木みゆきの姿はなかった。
彼女はすでに、自らの意志でリュウガのそばに残る道を選んでいた。
リュウガは彼らをじっと見つめ、低く声を発する。
「……もう行くのか」
リーダー格の青年が、険しい目でうなずいた。
「俺たちの使命はここで終わった。残る理由はもうない」
クーロが一歩前へ出る。
青い髪が風に揺れ、瞳には鋭い光。
「“使命”? それとも、自分たちの過ちと向き合う前に逃げ出すのか?
――あんたたちは、私を鎖で縛った国の側にいたんだ」
その言葉に、英雄たちは目を伏せる。
誰も、反論しなかった。
沈黙を破ったのは、一人の少女。
槍を持つ女戦士が、冷たい声でクーロに告げた。
「あなたに起きたことは気の毒よ。でも、世界は感情だけじゃ救えない。
……次に会った時は、容赦しないわ」
リュウガが一歩前に出る。
その瞳には、抑えきれない怒気が宿っていた。
「今のは…脅しか?」
だが、リーダーの青年が手を上げて場を鎮める。
「違う。これは“警告”だ。
次に出会う時、俺たちは――もう味方じゃない」
その場に重苦しい沈黙が落ちる。
ダイヤモンドの塔の王太子すら、言葉を失い、眉をひそめる。
ヴォルテルの英雄たちは踵を返し、風を受けてマントを翻しながら去っていく。
彼らの背中が、少しずつ東の道に溶けていった。
みゆきだけがそこに立ち続け、リュウガをまっすぐに見つめる。
「……彼らがその道を選んだなら、私は私の道を選ぶ。
二度と、あなたを置いてはいかない」
リュウガはゆっくりとうなずいた。
だがその瞳の奥に、一瞬だけ影が揺れた。
昨日までの穏やかな共存は、今や遠い幻だった。
空気は新たな波乱の前触れで満ちていた。
その夜――
リュウガは塔の高みから、遠ざかっていくヴォルテルの英雄たちを見下ろしていた。
彼らの姿が地平線に溶けていくまで、誰よりも長く目を逸らさなかった。
そして胸の奥で、彼らの言葉が何度も反響する。
――「次に会う時、俺たちは…もう、味方じゃない」




