第273章 ― 分かたれる道
部屋に満ちる空気は、張り詰めた弓の弦のようだった。
「蝕の光」との戦いの後、
一つ一つの呼吸に疑念と後悔が重くのしかかっていた。
ヴォルテルの英雄たちは互いに視線を交わす。
その中の一人、リーダーが前へと出た。
「もう…これ以上、あなたたちと共には進めない。
あの首輪のこと、鎖、そして…真実のすべて。
受け入れられるものじゃない」
クーロが剣の柄を握り締めた。
「“受け入れられない”?
それを作ったのは…あんたたちでしょ。
私にあれをつけて、奴隷として売ったのも…あんたたちの世界!」
重苦しい沈黙が広がる。
だが――誰一人として、ヴォルテルの者たちは否定しなかった。
その時だった。
宮木みゆきが、一歩前に出る。
彼女の杖にはまだ戦いの痕が残り、
青い瞳には柔らかさと、そして強い覚悟が宿っていた。
その目が向けられたのは、傷ついたリュウガ。
「私は……行かない」
ヴォルテルの仲間たちが驚きに満ちた視線を向ける。
「みゆき!? 何を言ってるの……?」
彼女は杖を強く握りしめ、震える声を抑えながら言葉を紡いだ。
「私がこの世界に来たのは…彼がいたから。
リュウガがいたから、私は戦えた。
日本にいた頃からずっと……彼は、私の一番の友達だった」
喉を詰まらせながらも、彼女は続ける。
「たとえ裏切り者と呼ばれても、私を憎んでもいい。
でも私は……彼を見捨てない」
さざ波のようなざわめきが、空気を揺らした。
セレステが片眉を上げる。
クーロは疑いの目で彼女を見つめる。
傷だらけのリュウガが彼女を見上げる。
「みゆき……」
彼女は微笑んだ。だが、その瞳の奥には、危うい光があった。
「何があっても、あなたの隣にいる。
また何かを奪おうとする者が現れたら……私が、そのすべてを壊してあげる」
ヴォルテルの英雄たちは、彼女に何も言えずに後ずさりした。
「……そうか。
それが君の決断なら、止めはしない。
だが覚えておけ。
次に会う時、私たちは――味方ではない」
背を向け、塔を去っていく彼ら。
扉が閉まった後に残ったのは、永遠のような沈黙。
それを破ったのは、マグノリアの小さな吐息だった。
「……今のは、“さよなら”なんかじゃないわ。
本当の意味で……決裂したの」
リュウガは壁に手をつき、ふらつきながら立っていた。
「みゆき……本当に、それでいいのか?」
彼女はそっと彼に身を寄せる。
その微笑みは、優しすぎるほどに甘くて――
「どうなってもかまわない。あなたがここにいれば……私は幸せよ」
セレステとウェンディは、無言で視線を交わす。
運命は、確かに今――大きく歪み始めた。
宮木みゆきは、救いとなるのか。
それとも、嵐を呼ぶ危険な火種なのか。
誰にも、それはまだわからなかった。
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