第26章 ― 混沌の顎門へ
戦の角笛が地平線に響き渡る――
まるで嵐そのものが、火と鋼を引き連れて迫ってくるかのように。
丘の上から、セレステは戦場を見下ろしていた。
その眼差しには、恐怖すら揺るがすことのない決意が宿っていた。
「全員――崩れるな!
フランクを守り抜け!
ここで倒れれば……首都は、無防備になる!」
その声は、絶望の叫びではなかった。
幾度もの“闇夜”をくぐり抜けた者だけが持つ、導きの声だった。
――その頃、数キロ離れた前線。
リュウガは剣を地に突き刺し、じっと前方を見据えていた。
周囲の兵士たちは、息を整えるように肩で呼吸していた。
空気は熱ではなく――迫り来る“死”によって重くなっていた。
「準備はいいか?
数がいくら多かろうと……この地は、俺たちが守る。」
大地が鳴動した。
まるで、地の底に眠る心臓が脈打つように――
そして、奴らは現れた。
黒い革に身を包み、錆びた鎖と瘴気をまとった兵たち。
彼らは飢えた獣のように進軍していた。
仮面の奥から、赤い光が閃く。
その気配は、邪悪で、毒々しく、そして……圧倒的だった。
「下がるなァ!!」
前線の隊長が怒号を上げる。
「何があっても、耐えろ!」
だが次の瞬間――
さらに大きな“何か”が敵陣の奥から現れた。
それはもはや人間とは呼べぬ存在。
三メートルを超える巨体。
腐りかけた石のような肌。
獣のごとき筋肉。
そして手には、人の体ほどもある戦槌。
その質量は――まさに“死”そのもの。
「――リャアアアアアッ!!!」
一振りで、味方の兵士の頭蓋を砕いた。
骨が砕ける音が、戦鼓よりも大きく響く。
「恐れている者から死ぬんだよぉぉぉ!!!」
西の丘から、声が轟く。
半人半獣の狂戦士、クロガネ。
彼の眼には理性も光もなかった。
ただ――憎しみだけがあった。
リュウガは剣を構えた。
その刃は、清らかな光を帯びていた。
隣の兵士が、震える声で呟いた。
「な、何なんだ……あれは……」
風に乗って、その巨人の名が届いた。
「クラヴァク。」
そして――その怪物は嗤う。
「まず貴様を砕く。
そのあとに、全てが崩れる。」
だがリュウガは、一歩も引かなかった。
剣を静かに掲げ、言い放つ。
「俺の名は――リュウガ・ハシモト。
そして今夜……お前の物語は、ここで終わる。」
クラヴァクが踏み出す。
大地が揺れ、兵たちがひるむ。
だがリュウガは動かない。
アルウェナは歯を食いしばりながら見守り、
カグヤは深く息を吸って構えを取った。
セレステは剣の柄を握る手に、静かな魔力を宿らせた。
空気が止まった。
そして――
クラヴァクが咆哮する。
「来いよ、小さき吠え犬!
破滅を望むなら、罪を業火で償え!!」
リュウガが一歩、前に出る。
その剣が振るわれた瞬間――
光が流星のように、闇を裂いた。
そして――
火と、鋼と、闇が、交錯した。
真なる戦いが、今ここに始まった。