第271章 ――「影の中の残響」
夜明けが、ダイヤモンドの塔を黄金に染めていた。
何週間ぶりかで、警報も怒号もなく、代わりに即席の朝食に混ざる笑い声だけが響いていた。
アンは、アイオにジャム付きパンの食べ方を教えようとしていた。顔を汚さずに――が目標。
結果:失敗。
「見て、オニーちゃん!」
アイオは頬を真っ赤にして笑う。
「それ、成功じゃなくて事故よ……」
アンは溜め息をつきながら、ハンカチで拭いた。
一方、ベルはお姫様然とした姿勢で座っていたが、ブルナに紙のロバ耳をつけられていた。
「なんてこと! 不敬だわ!」
顔を赤くして抗議するベルに、ハルが牙を覗かせて微笑む。
「でも似合ってますよ、姫さま。」
アンドロイドたちは静かにその様子を観察していた。
「記録:『家族』行動、観測。」
アズが記録しながら言う。
「制御された混沌、ね。」
ヴィオラが腕を組みながらつぶやいた。
スティアは、低く「ビー」と鳴いた。
その音は、どこか笑いに似ていた。
一瞬――そこには、本当の「居場所」があった。
だが、穏やかな空気は突如として破られた。
王太子が蒼白な顔で飛び込んできた。
「……塔が、破られた!」
全員が立ち上がる。
「何があった!?」
リュウガが声を上げる。
グレイオが粉塵のついた手を掲げて現れた。
「下層の部屋が……内部から破られていた。」
彼は手に、腐食した破片を持っていた。
「魔術封印が……砕かれていた。
中央のアーティファクトは――消えた。」
空気が凍りついた。
遥か彼方、忘れられたトンネルを二つの影が進んでいた。
彷徨う騎士・エヴェソルは、黒い布で包まれた水晶を腕に抱えていた。
その隣を歩くのは、微笑むサキュバス。
「皆、空ばかり見ていた。土台には誰も気づかない。
――混乱は、完璧なカーテン。」
囁きながら、水晶を愛おしげに撫でる彼女。
エヴェソルは答えない。
だが、その瞳は氷のような決意に燃えていた。
「これは……始まりにすぎない。」
二人は闇に消えた。
悪意の予兆を残して。
一方、異界の白き大広間では、星の聖騎士たちがひざまずいていた。
黄金の鎧をまとった騎士が語る。
「任務、完了。
エクリプスは崩壊し、帝国は揺らいだ。
今こそ、聖皇女へ報告を。」
その隣で、青の騎士は沈黙を保っていた。
「……だが、何かが腑に落ちない。
あの若者……リュウガ。
彼は、ただの召喚者ではない気がする。」
その弟子が、まっすぐな声で答える。
「師匠、信じましょう。
すべての答えは――聖皇女様の御手に。」
青の騎士は目を閉じる。
「そうだな……だが、忘れるな。
“光”とて――時に人を焼く。」
沈黙の中、聖騎士たちは立ち上がる。
その足音は光の中に吸い込まれ、やがて消えていった。
彼らは――「退いた」。
その頃、ダイヤモンドの塔では笑顔と安堵が咲いていた。
だが――
影と光は、すでに次なる一手を進めていた。
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