第270章 ――「痛みを伴う問い」
夜がダイヤモンドの塔を、まるでガラスのような静寂で包み込んでいた。
遠くでは、ガレオンが半ば眠っていた。
新たなリベット、開いた装甲板、火花は金属のホタルのように宙を舞う。
だが、そこにリュウガの姿はなかった。
それが何よりも、空気の張り詰めた静けさを決定づけていた。
ヴォルテルの英雄たちは、東のバルコニーへと集まっていた。
彼らのマントは煙と薬草の匂いを帯びている。
対面にはアン、アイオ、そしてアンドロイドたち――リーフィ、パール、アズ、ヴィオラ、クリスタル、フローラ、ナヤ――
そしてその背後、彫像のように佇むスティア。
沈黙の中、剣士の少年が切り出す。
「もし選ばなきゃいけないとしたら……
リュウガについて行くか、この世界を救うか。
――どっちを選ぶ?」
その問いは、乾いた一撃のように、空気を割った。
アンは指を組み、緑の瞳を燃やす。
「私は……彼について行く。」
唾を飲み込む。
「でも、それは世界を捨てるためじゃない。
彼と共にいて、守ることの意味を学んだから。
自分を裏切らずに、誰かを守ること。」
まるで赤ずきんの少女が語るように、
かつてリサンドラを見て泣いた子が、今ここに立っている。
「子どもたちが笑っていられる未来が欲しいの。
息が切れるまで走ることになっても――彼と一緒に。」
アイオは手すりを握る。指が震えていたが、声は澄んでいた。
「私と同じ目をした子たちが、助けを求めてた。
だから、彼について行くことがその笑顔を守るなら――そうする。」
光の小さな花が瞳に咲く。
「でも、もし彼が間違えたら……
ちゃんと『違うよ』って言う。」
その忠誠に、真実を指摘する勇気が含まれていることに、
日本の英雄たちは驚きを隠せなかった。
⚔️ リーフィ&パール
リーフィは軍人のように踵を揃えた。
「主任任務:護衛。
アルファ優先:リュウガ。
ベータ優先:民間人。」
そして、淡く人間らしい光が声に差した。
「この優先順位は――
プログラムじゃなく、私自身が選んだもの。」
パールは頭を傾け、
鞘に収まった刃のような優美さで言う。
「世界が崩れれば、守る者も、守られる者もいなくなる。
だから、両方を守る。まずは――彼から。」
アズは指で空中に図面を描きながら、事実を語る。
「重要ノード:リュウガ。
彼が落ちれば、ネットワーク全体が崩壊。
結論――支えるしかない。」
ヴィオラは指でVサインを作って軽快に続ける。
「彼を押す奴がいたら、撃つ。(冗談よ。たぶん。)」
クリスタルは、外科医のような冷静さで答える。
「データ:リュウガのいる場所は、生存率が上がる。
同行すれば、最大多数の幸福が得られる。」
フローラは試験管をくるくる回して、いたずらっぽく笑う。
「一緒に守る方が楽しい。
だって火薬と焼きたてのパンの匂いがするんだもん。」
ナヤは自分の肘を抱きしめ、琥珀色の瞳を上げる。
「私は……旗を追わない。
私に“居場所”をくれた人を追うの。」
その視線は真っすぐ。
「今、その居場所には――彼の名前が刻まれてる。」
スティアはほんの僅かに頭を傾けた。
「……質問、無効。」
短い間をおいて、続ける。
「リュウガこそが――
私の“世界”である。」
その言葉に、ヴォルテルの英雄たちは言葉を失った。
巫女が一歩前に出る。
月の光が後ろから輪を描き、神々しさを演出する。
だが、目は鋭く冷たい。
「つまり……はっきりしたわね。」
微笑みが、わずかに深くなる。
「誰一人として、彼を見捨てるつもりはない。
――誰一人として。」
剣士が息を吸いかけた瞬間、クロが静かに現れた。
武器は持たずとも、その足音は雷鳴のように重い。
「私たちに聞くのは、
――自分たちには聞けないから。」
冷たい炎のような瞳が、彼らを射抜く。
「奴隷の首輪を作る国に“救世主”と呼ばれて、
それでも信じ続けるの?
沈黙した女神か……自分の良心か。
――どちらを信じる?」
巫女・ミユキは数珠を握りしめる。
その笑みの奥に、消えかけた炎が揺らめく。
「……私たちは選ぶわ。」
囁くように。
「――近いうちに。」
アンがそっとアイオの手を取る。
アイオもぎゅっと握り返す。
アンドロイドたちは一糸乱れず、静かに整列した。
スティアの胸に、小さな青い光が灯る。希望の蛍。
剣士は俯き、
魔導士は自らの手を見つめ、
弓使いは涙を堪えた。
誰も――
簡単な答えを持っていなかった。
その時、遠くから聞こえてくる。
ガレオンのハンマーの音。
未来へ向けて――仕事が始まる音。
「……私たちは、彼の“従者”じゃない。」
アンが、皆の方を見ながら言う。
「“友達”だ。」
アイオが続ける。
「そして――彼と共に、戦う。」
ふたりが声を揃える。
松明の火が、パチンと音を立てて燃えた。
まるで、それを称えるように。
風がバルコニーを通り抜ける。
塩と油と鉄の香りを運び、
――まだ生まれていないが、すでに痛みを孕んだ決意を連れてきた。
夜は、ガラスのように冷たく、澄んでいた。
その鏡に映るのは、
“召喚された英雄”ではなく――
**選ばなければならない「人間たち」**の姿だった。
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