第265章 ――「アルトニアの騎士王」
蝕は咆哮を上げ、第三の砲撃を解き放つ寸前だった。
空中で魔導長と激闘を続けるウェンディは、叫びを空に響かせた。
「撃たせるもんかッ!!」
だがその瞬間――
空を裂くように、深紅の閃光が舞い降りた。
巨大な魔力の雷撃が天より降り注ぎ、
蝕のコアを正確に貫いた。
黒き大砲は爆音と共に崩壊し、
暗黒のエネルギーが暴走しながら周囲を消し飛ばす。
兵士たちが次々と灰に変わり、
地がえぐれ、武器が砕け、砲の土台すら粉々に吹き飛んだ。
世界が――
静止した。
イアト帝国皇帝は、立ち尽くしたまま目を見開いた。
「……今のは……何だ?」
ヴァルダーもまた、セレステとの戦闘中に動きを止め、
遠くの空を睨みながら、呟いた。
「まさか……」
煙と炎の霧の中から、漆黒の馬が姿を現す。
その鬣は銀に輝き、鋼のように風にたなびいていた。
蹄は地に触れず、空を踏むように進む。
その背にまたがるは、
恐ろしくも荘厳な雰囲気を纏った、一人の男。
白銀の髪は光の河のように流れ、
その氷のような青い瞳は、戦場全体を見下ろしていた。
彼の漆黒の鎧には、古代語のような文様が浮かび、
右手に握るのは――純粋な魔力で構成された槍。
敵も味方も、その姿を見た瞬間、言葉を失った。
「……誰だ……あれは……?」
巫女が震える声で呟く。
その答えは――
敵兵たちの口から、恐れと共に漏れた。
「……アルトニア王国の……グリソーン陛下だ……」
イアト皇帝は、玉座代わりの戦闘台を叩きつけるように怒鳴った。
「なぜあの化け物がここにいる!?
我が軍の作戦を……なぜ…なぜ奴が――!」
ヴァルダーは無言のまま目を細め、
セレステもモルガナイトの姿のまま、無意識に一歩後退した。
胸の奥に、言葉にならない「圧」がかかる。
リュウガは、血を吐きながら歯を食いしばる。
「……アルトニアの王……?
なんで今ここに…いや、なぜ“このタイミング”なんだ…」
ヴォルテルの英雄たちもまた困惑の色を浮かべる。
ミユキは、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……女神の予言には……この人、いなかった……」
グリソーンは、燃え上がる蝕の残骸の前で馬を止めた。
その声は静かでありながら、雷のように空気を震わせた。
「……騒がしすぎる。
こんな派手な幕引きでは、物語は締まらない。」
その言葉が意味するもの――
誰にも分からない。
救いか、破壊か、それともただの観察者か。
誰一人として、動けなかった。
皇帝でさえ、口を閉ざす。
ヴァルダーでさえ、槍を下ろす。
リュウガでさえ、その場に凍りついた。
全員が、彼の行動を待っていた。
そして――
王は槍をゆっくりと掲げた。
その瞬間、戦場の空気が凍りつく。
「盤面が……変わった。」
そう言い残し、
彼は光の残像を残して、姿を消した。
その場に残されたのは――
ただの沈黙と、
拭いきれぬ不安。
(つづく)
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