第259章 ―― 希望の盾
蝕の咆哮が、まるで最後の審判のごとく降り注ぐ。
空は赤と黒に染まり、ダイヤモンドの塔は今にも爆発しそうなほど振動していた。
「来るぞ!もう持たないっ!」
兵士たちと村人たちが叫ぶ。
リュウガは震える手で通信機を起動し、叫んだ。
「砲撃された!退避しろ、早く――!」
声がチリチリとした雑音とともに途切れた。
黒い光線が、塔へとまっすぐ迫っていた。
その瞬間の少し前。
アリシア形態のアンが、水晶の懐中時計を強く握りしめる。
魔法の歯車が激しく回転し、チクタクという音が戦場に響き渡る。
「タイムラビット:時の跳躍!」
銀の閃光がアイオを包み、彼女の知覚と反応速度を極限まで加速させた。
周囲にとっては一瞬の出来事――
だがアイオにとって、時間は海のようにゆっくりと流れ、すべての瞬間が宙に浮いていた。
アンは口元から血を流しながらも、力強く笑った。
「今なら…あの光より先に届ける!」
絶望に染まる瞳で空を見上げるアイオ。
だが、加速された時間の中で――その「一秒」の中に、彼女は「勇気」を見出した。
エメラルドのように燃える緑の髪がなびく。
青い瞳には、涙と決意が宿る。
彼女の両手から、巨大な魔法陣が展開された。
「誰にも…もう、笑顔を奪わせないッ!!」
そして――
「エメラルドの盾」が塔全体を包み込むように広がった。
蝕の光線が直撃する。
その音は、世界の終焉そのもの――雷鳴、炎、虚無が重なった音。
だが、塔は崩れなかった。
盾が、それを受け止めたのだ。
深紅の炎が緑のドームにぶつかり、波紋のような衝撃が戦場全体を揺らす。
アンは膝をつき、血まみれの指で時計を握りしめながら叫ぶ。
「アイオ…耐えて…!」
塔の中、兵士や村人たちは空を見上げ、言葉を失っていた。
「アイオだ…あの子が…私たちを守ってくれてる!」
「嘘だろ…あんな盾、十人の神官でも出せるわけがない!」
エレノア王は震える手で剣を掲げ、声を詰まらせた。
「その力…どんな魔導書にも書かれていない、純粋な魔法だ…!」
涙を浮かべた王子が囁く。
「じゃあ…希望はまだ、あるってことだ…」
魔導長が呆然とし、声を失う。
「馬鹿な…あの砲撃は、皇帝陛下ですら止められぬのに…!」
ヴァルダー将軍は拳を握りしめた。
「…あの少女、何者だ?」
しかし皇帝は、静かに微笑んでいた。
「興味深いな…この盤上には、まだ我々の知らぬ駒が潜んでいたか。」
魔導長は魔導視器を操作し、盾を展開する人物を映し出す。
長い緑の髪、輝く青の瞳。
「一人の少女が…この力を…!?」
盾は輝きを放ち続けていた。だが――
その表面に、ついに亀裂が走り始める。
アイオは悲鳴を上げ、頬を伝う涙が宙に舞う。
アンはふらつきながらも、タイムラビットを維持しようと必死に耐えていた。
蝕は吠え、最後の防壁を砕かんと全力をぶつける。
アイオが叫ぶ。
その声は、空を裂き、希望を貫く。
「私は…絶対に、砕けたりしないッ!!」
――そして物語は、
崩壊と救済の狭間で震える盾を残して、幕を下ろす。
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