第253章 ― 奈落の重圧の下で
通路全体が影に沈んでいた。
緋の騎士が刃の翼を広げると、それは無限のごとき刃の嵐となり、その気配はすでに黒き海のように空間を押し潰していた。
息を吸うことすら毒を呑むような感覚。
心臓の鼓動は、内側から鉄槌で打たれるように響く。
「う…動けない…っ!」
ヴェルが膝をつく。
グラナートの鎧が音を立ててひび割れ、炎の棘が制御不能となり、体内で暴れだしていた。
クーロは震える手で青の剣を握りしめ、歯を食いしばる。
「この…忌まわしい力…まるで、月さえ私を見放してるみたいだ…」
地面に這う黒鎖が蛇のようにうねり、彼女の脚に巻きつく。
棘が皮膚に突き刺さり、クーロは叫び声を上げる――だが、それでも剣を手放さなかった。
「まだ…諦めるものか…!」
カグヤが咆哮を上げ、再び形態を変化させる。
「――忍法形態:シルーロ・レイアド!」
稲妻のような動きで黒鎖を断ち切りながら突進するが、空間そのものの圧力で速度が落ちる。
すぐに切り替える。
「――マンタレイ形態!」
青の翼を広げ、わずかに浮き上がる。
その高さ一メートルだけで、次の一撃をかわすことができた。
だが空気の重さに再び叩き落とされる。
吐血しながらも、カグヤは笑みを失わない。
「――フグ形態!」
その体は鋼鉄のように硬化し、敵の一撃を受け止め、爆風で空間をわずかに押し返す。
ほんの一秒…だが、仲間には十分な時間だった。
「まだだよ…私、そんなヤワじゃない!」
セレステはプリズマドゥーラで立っていた。
周囲を囲む水晶が震え、内部システムには警告が鳴り響く。
「圧力…310%。アーマー損傷、危険域に到達」
足が崩れそうになる――が、寸前で「プリズム自動防壁」が発動。
ヴェルに迫る一撃を遮断した。
「みんなが立っている限り…私は、倒れない」
その光景を、片隅で見つめていたリュウガ。
傷ついた身体はもう思うように動かない。
巫女が彼を支え、光を注ぎ続ける。
「お願い…もう無理よ…! これ以上は…!」
だがリュウガは、血の滲んだ唇で笑う。
「座ったまま死ぬくらいなら、最初からリーダーなんて名乗らなかった」
彼が手を掲げると、小さなマグマの光線が放たれた。
それはクーロの前の空間をわずかに切り裂き、彼女の足元に道を作る。
「立て…! 俺が生きてる限り、誰も倒れちゃいけない!」
その声――魔力以上に、その“想い”が、力を与えた。
緋の騎士が不気味に笑い声を上げる。
その闇はさらに深く、さらに重くなっていく。
「美しいな…壊れても、なお立ち上がる。いいだろう、何度でも砕いてやる。何も残らなくなるまで」
ヴェルが叫び、棘を刃に変えて構える。
クーロがよろめきながらも、赤き月光に染まった剣を掲げる。
カグヤは血を流しながらも、再び翼を広げる。
セレステはシステムが悲鳴を上げながらも、結界を再構築する。
ひとり、またひとりと、英雄たちが顔を上げる。
勝つとは思えない。
だが――「次の一秒だけは、耐えてみせる」と。
緋の騎士が黒の剣を高く掲げ、世界を断ち切る一撃を構える中――
英雄たちは、血まみれで、傷だらけで、なおも立っていた。