第24章 火と分散
会議室は、重苦しい緊張に包まれていた。
魔法地図の上には、王国の大地を蝕むかのように、黒い静脈のような線が刻まれていた。
それは敵軍の進軍を示し、王国の命脈を一本ずつ侵していく。
声が上がる。
青ざめた顔の貴族たちは、怒りと恐怖を言葉に隠しながら言い争っていた。
アルウェナは柱にもたれながら、毒と痛みに耐え、立っているだけでも意志の力を必要としていた。
「最初から言っただろうが!」
老騎士サー・ハムレルが怒鳴る。
「異邦人など信用すべきではなかったのだ!
姫が姿を消し、王都は混乱に包まれた!すべては奴らのせいだ!」
「もうよせ、ハムレル卿!」
玉座の側にいた別の貴族が反論する。
「ではお前はどうした?
貴族の館で酒を飲んで震えていただけではないのか!」
別の貴族が、指を突きつけた。
「お前だ!リュウガ!
家柄もなければ、軍歴もない!
英雄ごっこをした結果がこれだ!
この地に流れる血は――お前のせいだ!」
バキィン。
リュウガの拳が、貴族の顔面に炸裂した。
その男は床に崩れ落ち、部屋が静寂に包まれる。
「な……何を――!」
「もう一度でも言ってみろ。また殴るぞ。」
リュウガの声は、灼熱の鋼のように冷たく、鋭かった。
「“戦争”をゲーム盤のように語るな。
外では、人が死んでるんだ。」
「リュウガ……!」
セレステが彼を止めようと手を伸ばす。
だが――その時、王エメルスが立ち上がった。
空気が凍りつく。
「黙れ。」
その一言は、王としての絶対の命令だった。
「もういい。この責任のなすり合いは終わりだ。
リュウガの言葉は正しい。
今、必要なのは“称号”ではなく――導く者だ。」
重い沈黙とともに、会議室に安堵のため息が流れた。
「女王が“大障壁”を発動した。わずかながら、時間は稼げた。
だが――」
王が口を開いた瞬間、扉が乱暴に開かれた。
「陛下!」
召使が駆け込む。
「ヴェルミラ王女とリシア様が…消えました!」
王子エメリクが立ち上がる。
「……なんだと?」
「争った形跡はありません。窓が開いており……
まるで自らの意志で出ていったように。」
そこへクロが、アンとイオを連れて入室。
「リュウガ、何が起きてるの?」
イオが息を切らせて問う。
「クロ――」
リュウガが真剣な眼差しで答える。
「姫たちを探せ。君を信じてる。
居場所が分かれば、ルーン転送で俺が迎えに行く。」
「任せて。」
クロの返答に迷いはなかった。
「……召使風情が?」
ハムレルが鼻で笑う。
「黙れ。」
王が鋭く命じる。
「リュウガが信じる者を、我らも信じよう。」
女王が前に出る。
「アンとイオの身は、この私が守ります。
エレオノールの冠にかけて。」
アンが涙を流しながら頭を下げた。
「……ありがとう、陛下……」
王が深く息を吸い込む。
「全員、持ち場へつけ!」
王はリュウガたちを見据える。
「リュウガ、北部戦線を頼む。メルナー卿が同行する。」
「了解。」
「セレステ、お前は王政評議会を魔法で守れ。」
「……全力を尽くします。」
「カグヤ、東の防衛線は最重要だ。行けるか?」
「兵がいようといまいと……私は落とされない。」
頬についた血を指でぬぐいながら、彼女は言い放った。
補給兵が、紫の光を放つエネルギーポーションを運び込んだ。
カグヤの体に力が戻る。
セレステはそれを飲み、魔力の再生を感じた。
リュウガは最後の一本を取り、目を閉じ、静かに誓う。
「陛下……ご命令、確かに承りました。」
王は最後に、全員に告げた。
「ならば、よいか。
奴らが火を放つなら――
我らはその火となれ。」
リュウガは、赤く染まりゆく地平線を見据えながら、こう答えた。
「焼かれることはない。
――我らが“火”そのものになるのだから。」