第239章 ― 帝国の波に抗って
イアト帝国のラッパが城壁に響き渡る。だが、その轟音にも陰りが見え始めていた。
自信に満ちて進軍してきた帝国軍は、思わぬ罠に足を取られる――
ぬるりとした粘液が、回廊や通路を覆っていたのだ。
「足元を――!」
叫んだ兵士はその直後、滑って顔から地に叩きつけられた。
それを仕掛けたのは、空色の髪を持つアンドロイド、アズ。
その手は瞬時に錬金化学物質を生成し、歩くたびに罠を残していく。
さらに、両手を振るうと透明な泡を無数に放ち、それらは空中で一瞬漂ったのち、爆ぜた。
水素爆発によって敵兵が宙を舞う。
「化学変数:水素。起動」
冷静な声が戦場に響く。
「中和確率:78%」
その隣では、特殊装備を身に纏ったフローラが戦っていた。
腕がランチャーに変形し、ミサイルを次々と発射。
それぞれが異なるガスを撒き散らし――
あるものは涙と視界を奪い、あるものは目眩を引き起こし、あるものは痙攣をもたらした。
「これを吸えば……剣を握る力も残らないわ」
ヴィオラは防衛線を維持し、正確無比な射撃を繰り返していた。
その一発一発が、無駄なく敵の急所を撃ち抜く。
まさに、撃つたびに一人を裁く“判決”のようだった。
リーフティは戦いながらも、戦場全体の指揮を担っていた。
その声は冷静で機械的、だが揺るがぬ威厳に満ちていた。
「アルファ部隊、陣形を下げて再構築。ベータ部隊、側面から包囲。東側面が押されている、弓兵を移動させよ――至急!」
その傍らでは、エレノア王と王子アルサが肩を並べて戦っていた。
王は老いを感じさせぬ力で剣を振るい、敵兵を薙ぎ倒す。
王子はその俊敏さと冷静な判断で、兵士たちに勇気を与え続けた。
「この塔を守れ! 今こそ帝国の呪縛を断ち切る未来を刻むのだ!」
アルサが旗を掲げ、戦場に声を轟かせる。
別の区画では、機械の巨人・スティルが推進砲を装填中だった。
その砲撃は敵陣を貫通し、兵士たちを人形のように空へ吹き飛ばしていく。
「推進力最大――」
金属音が戦場を揺らす。
「殲滅完了」
ブルーナとハルは、まさに嵐だった。
ブルーナは新たに得た獣と人の力を融合させ、魔力の蹄で敵陣を粉砕。
踏みしめるだけで地面が震える。
ハルは分裂した尾を操り、炎と風の連撃で密集陣形を切り裂いていく。
二人がいる通路に、敵が押し寄せることはなかった。
クリスタルは冷ややかな表情で瓦礫の間を進み、狙撃手として動いていた。
その魔力弾は常に指揮官クラスを狙い、部隊の再編を未然に防ぐ。
「目標、排除。次の標的へ」
少しずつ、戦況は変わり始めていた。
かつては圧倒的だった帝国の攻勢が、徐々に押し返されつつある。
そして――
ダイヤモンド・タワーが、希望の灯となって戦場を照らし始めた。
勝利の声が、防衛側から上がり始める。
あのイアト帝国の“大波”が、押しとどめられ、そして……退き始めていた。
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