第22章 危険に直面した絶望
エラランの森に眠る遺跡は、沈黙を湛えていた。
だがそれは、自然な静けさではなかった。
それは――
悲劇の直前に訪れる沈黙。
見えぬ敵の重みを覆い隠すような、圧し掛かる静寂。
偵察任務のはずだったその道行きは、やがて――
死の罠へと姿を変える。
そしてその中で、無傷で帰れる者は……ひとりもいないかもしれない。
エラランの森は、蔓草に覆われた廃墟と古の巨木が深い静寂をまとい、まるで神々に忘れられた場所のようだった。折れた円柱や崩れた石壁は、長い年月を物語っている。鳥のさえずりも、獣の足音も聞こえない。ただ、風の音――そして、なにかの気配だけが漂っていた。
「おかしいわ」ケーブルの鞍から慎重に降りながら、アルウェナが低くつぶやいた。「斥候の話では、かなりの人数の陣営があるはずだった。でも――痕跡がまるでない。煙も声も影も」
リュウガは目を細め、魔導解析システムの警告ランプが微かに点滅しているのを感じた。「幻か、囮か……。気を抜くな」
王子は槍を構え、カグヤは指を固め、変身の構えを取った。緊張が空気をひんやりと染める。
――そのとき、悲鳴が森を引き裂いた。
「ぐあっ……!」
兵士の一人が膝を折り、鎧の金属音が墓場の鐘のように響く。リュウガは駆け寄り、背中に深々と刺さった矢を見て息を呑んだ。
「皆、伏せろ! 待ち伏せだ!」彼は全身で叫んだ。
一瞬後、黒い影が空を埋め尽くす――矢の嵐が襲い来る。
「オーロラの盾!」セレステが黄金の魔法結界を瞬時に展開する。
結界は一部を守ったものの、防ぎ切れず、数人が負傷。アルウェナの足下にも倒れた兵士の痙攣する体があった。
「木立だ! 包囲されている!」カグヤが叫ぶ。
王子とリュウガは武器を抜き構えた。アルウェナの声も鋭い。
「ただの山賊じゃない。見ろ――暗殺者の編隊だ!」
森の奥から、黒い装束に身を包んだ者たちが現れた。濃い影の中から、赤々と燃える瞳だけが浮かび上がる。彼らは数で、こちらは圧倒されつつあった。
「専門部隊だ……計画された襲撃だ!」リュウガの分析システムが赤く点滅する。
[分析:組織戦闘部隊 危険度――高]
「リュウガ、数が多すぎる!」セレステの声が震える。「陽動で守りを散らしている!」
「廃墟の中心へ! 円陣を組め!」アルウェナが指示を飛ばす。
「囲もうとしている……襲いの目的は殺戮以上だ」王子が槍で敵を止めながら叫ぶ。
そのとき、カグヤが羽化し、空から鋭い簇矢を浴びせる。リュウガは腕を廻し、火球を召喚した。
「メテオクラッシュ!」
小さな火の玉が宙を飛び、敵の塊を焼き尽くす――だが、次の波が押し寄せてくる。
無数の影が動き、数え切れない相手が姿を現す。かれらは――ハルクル(Harkr)だ。
「――Justiceを言い渡す!」
高台から現れたのは、暗黒の羽根と骨装飾を纏った男。その口端に冷笑を湛え、黒の冥刻が胸で不気味に輝いていた。
「これが、その“最初の幕”というわけか」
リュウガは歯を縛り、敵を睨む。
「俺たちが始めたわけじゃない」
「いや、おまえたちがここにいること自体が――──始まりだ」男が冷たく言い放ちたとき、敵が一斉に押し寄せた。
地を揺るがすほどの戦闘が始まる――熱と血の咆哮、鋼と樹木の衝突、闇の魔籠の叫声が折り重なる。
リュウガは炎をまとった剣閃で突撃し、一閃で三人のハルクルを焼き払った。「ファイアーソード!」
アルウェナは「クリムゾンライン」で閃光の軌跡を描き、王子は盾で隊列を守る。
カグヤはホークからスパイダーへ、そしてオルカへと変身を重ね、魔力を込めた攻撃で敵に切り込んだ。
セレステは破れた盾で守りながら、「ソニックマインダー」を二度唱え、衝撃波で周囲の敵を吹き飛ばす。
だが、戦況は悪化するばかり。ハルクルは数で逼迫し、兵士たちは疲弊――
――そのとき、森のはるか奥で動きがあった。
二つの影が霧の中から現れ、一振りで敵を射抜いた矢と、魔力で氷を呼ぶ軌跡が広がる。彼らは無言だが、圧倒的な戦力――アレンとネリアンだった。
「俺がAuren、こちらがNerianだ。邪魔はさせない」アレンの声は冷静で、しかし鋭かった。
ネリアンの槍が地を断つと、魔術師――“執行者”と呼ばれる存在――が弾かれるように後ろへ押し飛ばされた。
アルウェナが毒の矢に倒れる。リュウガは素早く駆け寄り、毒止めの薬球を処置する。
「置いて逃げるわけにいかない。生き延びて、戦うんだ」「お前が、俺たちの“剣”だからな」
治癒の薬で毒が引いていく。アルウェナが睨み返し、かすかに笑った。
「……お前、ただものじゃないな」
そしてアレンが言った。
「自己紹介はあとだ。だが忘れるな――これは“最初の警鐘”だ」
灰の中、血の臭いに浸された地面から、彼らは死屍累々の戦場を見据えた。
次に来るのは――全力の“嵐”だ。
エラランの森に眠る遺跡は、沈黙を湛えていた。
だがそれは、自然な静けさではなかった。
それは――
悲劇の直前に訪れる沈黙。
見えぬ敵の重みを覆い隠すような、圧し掛かる静寂。
偵察任務のはずだったその道行きは、やがて――
死の罠へと姿を変える。
そしてその中で、無傷で帰れる者は……ひとりもいないかもしれない。