第20章 評議会
エレオノール王国の嵐――そして政治の渦を生き抜いたリュウガたちの一行は、かつてない“会合”へと招かれる。
そこに響くのは、古の裏切りの残響と、新たなる脅威の胎動。
王たちの眼差し、貴族たちの策謀、そして姿なき“敵”の気配が交差する――。
時に、最も困難な戦いは、剣ではなく――
言葉でこそ、戦われる。
エレオノールの朝は、まるで運命そのものが一時の休息を与えようとしているかのように、非現実的なほど澄み切った空と共に始まった。
東翼廊の大きな窓から黄金の光が差し込み、城内の廊下をやさしく照らしていた。
リュウガ、セレステ、そしてカグヤの足音が、その光の中に静かに響く。
厳かさと、ほんの少しの緊張を帯びながら。
三人は、それぞれ**新たに授けられた「プラチナランク」**にふさわしい儀礼衣装を纏っていた。
控えめながらも、威厳と美しさを備えていた。
「……準備はいいか?」
リュウガが立ち止まり、尋ねる。
「うん。でも……こんなに早く謁見が決まるなんて、まだ信じられない。」
セレステは少し緊張した笑みを浮かべた。
一方のカグヤは、腕を組みながら皮肉気に言った。
「姫様救出、カルト壊滅、戦争回避…
これだけキーワード積んだら、報酬は“言葉”でもいいかもね。」
謁見の間
大きな扉がゆっくりと開かれ、老執事が厳かに告げた。
「プラチナランク冒険者、リュウガ・ハシモト殿、セレステ・アルテラ殿、カグヤ・ミズハナ卿、謁見に参上いたしました。」
エレオノール王国の玉座――白い大理石と魔晶で彫られたそれは、静かな威光を放っていた。
王アルドールは銀髪をたたえた知性ある眼差しで立ち上がり、その隣で、女王イゼルダは深い落ち着きと温かさを湛えていた。
「ようこそ。我が娘を救ってくれた恩、まだ十分に報いておらぬな。」
「我々は、ただ正しきことを成しただけです。」
リュウガが静かに頭を下げた。
「それを、何度でも。」
セレステが真剣に続けた。
「え、逮捕されるの? 英雄行き過ぎ罪とか?」
カグヤの皮肉に、王は思わず笑い声を漏らした。
「今回は見逃そう。感謝のしるしとして、王国より褒賞を授ける。
プラチナのオーブ5個、第一級の魔法結晶、そして全エレオノール国内を自由に行き来できる外交通行証だ。」
リュウガは謹んで箱を受け取った。だが、王の言葉は続く。
「だがそれだけではない。数時間後、戦略会議が開かれる。貴族、軍の将、そして同盟国の使節団を交えた大規模なものだ。
そなたたちにも――正式な立場で出席してほしい。」
「私たちが……国政の会議に?」
セレステは驚きに目を見開く。
「この国のために、これほど短期間で貢献した者はいない。」
女王が静かに言った。
「あなた方の視点が、今まさに必要なのです。」
「じゃあ……私たちは“テーブルの異物”になるのね。」
カグヤが目を細めてつぶやいた。
「受ける。」
リュウガが即答した。
「この場で話せるなら、外で血を流す必要がない。」
静寂。
その瞬間、言葉ではなく信頼が交わされた。
北の翼・戦略の間 夜
魔法地図が宙に浮かび、ハルクルの侵攻経路を赤い光がなぞる。
顔は固く、息遣いは重い。
「今この瞬間より、この問題は最高評議会の管轄となります。証言をお願いします。」
女王が宣言した。
王が立ち上がる。
「ハルクルは道を焼き、混乱をばらまき、我らの先手をすべて読み切っている。これは野蛮な襲撃ではない――
**“知略を持つ敵”**との戦だ。」
前に出たのは、厳格な風格と鋭い眼差しを持つ将軍――アルウェナ・ファルケンラス。
「冒険者だろうが何だろうが、これは戦争だ。ここにいるなら、私の指揮下に入ってもらう。」
金の指輪をはめた貴族が怒りに任せて机を叩く。
「王国の未来を、部外者に託す気か!?」
リュウガが静かに手を上げた。
「信じてくれとは言わない。ただ――動く。それだけだ。
それで足りないのなら……引く。」
カエラン王子が立ち上がる。怒りと誇りがその声に宿る。
「彼らは妹を救った!
我が軍が迷っていた時、剣を抜いたのは彼らだ!
その“実績”がない者が、何を言う!?」
王がリュウガを見つめた。
「エレオノールの名のもとに、貴殿に市民権と最高名誉勲章を授与する。
今日より、この場での発言は法と同等とする。」
アルウェナは睨みながらも、わずかにうなずく。
「ならば、私の指揮下で。勝手な行動は許さない。」
「承知した。」
リュウガはうなずく。
「我々は兵ではない。だが、臆病者でもない。」
女王が静かに言った。
「時に、救いは天からではなく……誰も期待しなかった影から訪れるのです。」
魔法顧問が巻物を差し出す。
「ハルクルとは別に、“ネクロレイザー”と呼ばれる存在が広がっています。
目的は財ではない――死そのもの。そして、彼らには導く者がいると考えられる。」
戦慄が室内を包んだ。
リュウガは目を閉じ、低くつぶやいた。
「すべては……繋がっている。まだ見えないだけだ。」
静かな回廊にて――
リュウガが通りかかると、黒い鎧と束ねた髪の女が、バルコニーから星を見上げていた。
「足音が……暗殺者のそれね。でも、痕跡は残ってた。」
「暗殺者じゃない。ただ、慎重なだけ。」
「評議会はあんたを信用してない。私も、まだ。」
彼女は振り返る。
その目は、氷のような冷たさと――炎のような意志を宿していた。
「それでも話すのか。」
「……この国には、守る価値のあるものがある。たとえ、中が腐っていても。」
そして語られる闇の真実――
数年前、三人の貴族が禁術によって堕落。
そのうちの一人は、今なお――
この城の中を歩いている。
「証拠は?」
「ない。時間もない。でも……誰かが内側から扉を開くはず。」
リュウガは拳を握った。
「なら、その扉が開く前に――
俺たちが閉じる。」
静かなる誓いが交わされた。
王国の槍と、
かつてはよそ者だった――剣の守人との間で。
政治と裏切りは、同じ舞踏会で踊る。
だが――
偶然に集った一団の異邦人が、大陸全土の均衡を傾けるかもしれない。
戦争はまだ始まっていない。
しかし――盤上はすでに動き始めている。