第220章 ― カグヤの咆哮
塔の西側防衛線が、イアト帝国の衝撃部隊によって揺れていた。
鎖で縛られたオーガたち、装甲を纏った魔獣、そして魔力を帯びた大槌で壁を叩く攻城兵たち。
黒き炎を放つカタパルトが壁を焼き、エレオノーレの弓兵たちは魔法の矢で応戦していた。
その混乱の中——
地を割るような衝撃と共に、一つの影が空から降り立った。
カグヤ。
彼女の全身は荒々しいオーラに包まれ、〈黒鰐形態〉を起動していた。
両腕は硬化した鱗の顎へと変形し、身体全体が野獣のように肥大化する。
喉の奥から響くような咆哮を上げながら、
カグヤは突撃してきた巨大な攻城獣をそのまま持ち上げ、
純粋な腕力で放り投げた。
獣は宙を舞い、兵士の陣形を砕いていく。
「——下がれっ!」
彼女の声は、変身によって低く掠れていた。
だがその一声に、敵兵たちは一瞬で硬直する。
目の前で盾が紙のように砕かれたのを見た恐怖が、全身を貫いたのだ。
魔導砲の指揮台にいたアルウェナは、その光景に目を細めた。
「……まるで、生きた防壁ね。」
ウェンディが太陽の炎で周囲を守りながら笑う。
「いいや、防壁なんかじゃない。
あれは——“私たちのために戦うモンスター”だ。」
だが、カグヤはまだ止まらない。
その直感が、側面のトンネルから魔導暗殺部隊が接近していることを察知する。
次の瞬間、彼女の姿が変わる。
〈ハーレクインシュリンプ形態〉——斑に光る装甲が腕を覆い、
手は鋭く巨大な“ハサミ”へと変化する。
身体は細身になり、圧倒的な加速力を得た。
彼女は一閃。トンネル内を電光石火の勢いで駆け抜け、
そのハサミが一つ閉じるごとに、暗殺者たちの武器がガラスのように砕け散った。
その速さに、誰一人悲鳴を上げる暇すらなかった。
アルウェナはその戦闘スタイルに目を見張り、冷静に分析する。
「……圧倒的な耐久に、外科手術のような精密な動き。
あれは、一体どんな戦士なの……?」
塔の中央指揮所にいたリュウガが、
地図から目を離さずに静かに答える。
「“恐怖”を“希望”に変える、そんな戦士さ。」
再び地上に戻ったカグヤは、まだハーレクインの煌めきを宿した腕を掲げ、
その視線を遠く——エネルギーを蓄え始めた〈エクリプス〉へと向ける。
その目には、揺るぎない意志が宿っていた。
「撃ってみろよ……何度でもな。」
地面に唾を吐き捨て、再び腕を変化させる。
〈黒鰐形態〉へと戻ったその顎が、ガチリと音を立てて噛み合った。
「——あたしが潰してやる。」
戦場の咆哮がカグヤを包み込む。
その姿を見たエレオノーレの兵士たちは、歓声と共に叫んだ。
「カグヤーッ!」「影の猛獣だ!」「ついていけええッ!!」
防衛線は今——
“闇に潜む捕食者”を得たのだった。
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