第214章 ― 黒き太陽の声
帝国の野営地の中心、黒い天幕と冷たい風に揺れる松明に囲まれた場所に、〈破滅の巨像〉の姿がそびえ立っていた。
その金属の巨体は静止しており、中央の眼は閉じられ、まるで眠っているかのようだった。
だが沈黙の中でも、放たれる威圧は見る者の心を凍らせる。
黒曜石で造られた高台から、皇帝ヴァルセリオンは遠くの地平線を見つめていた。
彼の漆黒の鎧は炎の光を受け、乾いた血のように鈍く輝いていた。
その隣、片膝をついて恭しく控えていたのは、将軍ヴァルダーだった。
紅のマントが風に翻り、彼の忠誠を物語っている。
「陛下」
ヴァルダーは低い声で報告した。
「斥候の報告によれば、ダイヤモンドの塔はすでに防衛体制を整え、敵は要塞化を進めています。」
ヴァルセリオンは視線を逸らさず、呟いた。
「……巣穴に逃げ込んだ鼠どもめ。」
ゆっくりと振り返ると、赤く燃えるその双眸が、まるで業火のように輝いた。
「教えてくれ、ヴァルダー。
もしこの巨像の封印を解いたなら……塔の壁が崩れるまでにどれほどかかる?」
その眼差しにさらされながら、ヴァルダーはごくりと唾を飲む。
それは、地獄の炎の前に立たされるような感覚だった。
「……最大出力で〈核〉を起動すれば、数時間、あるいはそれ以下かと。
ただし、不安定化のリスクが跳ね上がります。」
ヴァルセリオンは静かに笑った。
その声はあまりにも冷たく、周囲にいた兵士たちでさえ、思わず息を止めたほどだ。
「リスク? ヴァルダー、私は“リスク”そのものだ。
この世に、私を止められる力など存在しない。」
将軍は頭を垂れたまま、歯を食いしばる。
「陛下……ひとつ、警告を。
敵の中には“異世界の者”がいます。召喚された若者たち。
名前がすでに各地に広まり始めています。」
ヴァルセリオンは手を上げ、彼の言葉を遮った。
「……“リュウガ”と呼ばれる男。」
ヴァルダーの目が驚きに見開かれる。
「……ご存じなのですか?」
皇帝は再び地平を見つめながら言った。
「知らぬ。だが感じる。
その存在には“反響”がある……私の中に波紋を残す不快な音。
そして私は、不快なものを——破壊する。」
ふたりの間に、深い沈黙が落ちた。
ただ、遠くで〈破滅の巨像〉がかすかに唸りを上げていた。
やがてヴァルセリオンは低く、しかし重く響く声で命じた。
「軍を準備せよ。
“黒き太陽”があの塔に落ちる時、
そこに積まれた石の一つも……残してはならぬ。」
ヴァルダーは深く頭を垂れる。
「仰せのままに、陛下。」
そして、ヴァルセリオンが紅の雲を見上げたその瞬間——
イアト帝国の軍太鼓が高らかに鳴り響き、
終焉の戦争が、静かに幕を開けようとしていた。
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