第212章 聖皇女の瞳
〈破滅の巨像〉の轟音が大地を揺るがし、イアト帝国は総力をもって進軍していた。
兵士の列、戦争機械、咆哮する獣たち——それらすべてが、皇帝ヴァルセリオンの号令のもと、一つの怪物のようにうねりを上げていた。
だが、それを見つめる者すべてが、帝国の一員というわけではなかった。
遠く離れた断崖の上に、二つの影が黙して立っていた。
一人は青い蛇鱗の鎧に身を包み、その瞳は冷たく、計算高く光っていた。
その鎧の金属はまるで生きているかのように蠢き、鱗のように微かに動いていた。
隣に立つ者は、緑の筋が走る黒い中世風の鎧をまとっていた。
時を経たその鎧は傷ついていたが、なお威圧感を放つ。
背後には巨大な二匹の蛇が滑るように控えており、その舌が空気を探るように動いていた。
突然、空間が黄金に輝き、目の前の岩肌に魔法陣が浮かび上がる。
そこに投影されたのは、半透明の威厳ある姿——聖星帝国の聖皇女であった。
その眼差しは鋭く、遠き星々のような光を宿していた。
澄んだ、しかし威厳を込めた声が響く。
「蛇の騎士たちよ。報告は受け取った。
黒き太陽が軍を動かし、ダイヤモンドの塔が戦場となろうとしている。」
青の戦士は深く頭を垂れる。
「陛下……ご命令をお待ちしております。」
皇女はゆっくりとうなずいた。
「お前たちは、この戦争における“観測者”だ。
聖星帝国は直接介入しない……
ただし、均衡が破滅へと傾く時を除いては。」
黒の鎧の男が、柔らかく笑った。
だがその声には、皇女への敬意が込められていた。
「つまり……リュウガが倒れ、皇帝が塔を掌握するならば——
我らは動く、と?」
皇女の目が一層鋭く光る。
「その通り。
この世界の均衡を崩す力を持ってはならぬ。
それが異邦人であれ、黒き太陽であれ。」
背後の蛇たちが、彼女の言葉に呼応するように静かに身を揺らし、空気を裂くように舌を鳴らした。
青の戦士は低く、しかしはっきりとつぶやいた。
「了解。運命が我らの手を求めるまで……
影に潜みましょう。」
魔法陣はふたたび光を放ち、そして静かに消える。
風に乗って、皇女の声の余韻だけが残った。
静寂が戻る。
やがて、黒の戦士が口を開く。
口元には、ゆがんだ笑み。
「“観測者”ね……
だが、どんな蛇でも、いつかは噛みつくものだ。」
青の戦士は地に槍を突き立てた。
その視線は、遥か遠くのダイヤモンドの塔を見据えていた。
「そしてその時が来れば——
皇帝も、英雄も、我らに備えることはできまい。」
風が強く吹き抜けた。
まるで世界そのものが、
近づく危機を警告しているかのように。
この章がお気に召しましたら、ぜひお気に入り登録、コメント、シェアをお願いいたします。
あなたの応援が、この物語を生かし続ける力になります。