第209章――皇帝の進軍
その知らせは火薬に火がついたように広まった。
偵察兵たちは息を切らして戻り、通信魔導士たちは言葉に詰まる。
「皇帝が……イアトの皇帝が、自ら進軍している!」
北の凍てつく平原には、果てしない軍列が地平線の彼方まで続いていた。無数の黒い軍旗が風に揺れ、金の鴉の紋章が刻まれていた。戦獣、鋼で覆われた攻城兵器、鎖に繋がれた魔導士たちが嵐を呼び、すべてが一つの旗印の下に集結する。
そしてその先頭には、六頭の装甲獣に引かれた黒曜石の戦車に立つ一人の男――東方の黒き太陽と恐れられる、ヴァルセリオン・イアト皇帝の姿があった。
その鎧は禁じられた金属と古代のルーンで構成されたモザイク。兜には黒く焦げた金の螺旋角が二本燃えるように突き出し、目はありえない赤い炎を宿していた――まるで永遠に消えぬ熾火。
彼が口を開けば、その声は風を貫き、軍列を越えて轟いた。
「今日は我らが正当な権利を奪還する日だ。ダイヤの塔は我がものとなり……もはやどの王国もイアト帝国に逆らうことはできぬ。」
兵士たちは雄叫びを上げた。鋼鉄の海が呼応するように震えた。
ダイヤの塔では、リュウガが偵察アンドロイドからの報告を受け取っていた。クリスタルが空中に地図を投影し、膨大な軍の移動を示す。
「確認された。皇帝が自ら出陣している。交渉の余地は、ゼロだ。」
パールは目を閉じ、まるで判決を読み上げるように呟いた。
「黒き太陽が動く時、それは話し合いではない。蹂躙するためだ。」
アンとアイオは顔を見合わせ、青ざめた表情を浮かべる。ヴェルは弓を握る手に力を込め、クロはかつて自らの名に刻まれた鎖を思い出し、目を伏せた。
だが、リュウガは揺るがなかった。
「これはただの戦争ではない。運命そのものと、我々は対峙するのだ。」
一方、戦場の別側では、タクミたち日本の仲間たちも、ヴォルテルの使者から同じ報せを受け取っていた。
アヤネは杖を握りしめ、唇を震わせる。
「皇帝が……自ら……?」
リクは地面に唾を吐き捨てた。
「つまり、将軍たちを信用してねぇってことだ。あるいは、自分の手で潰す気か。」
ハルトは魔導書を閉じ、陰鬱な顔で呟いた。
「女神は警告していた……黒き太陽は人間の野望の化身。その歩みは、災厄そのものだと。」
タクミは遠くに見える塔の輪郭を見上げる。そこには、すでに防衛の光が灯り始めていた。
「ならばここが……すべての決する場所だ。」
太陽が山の向こうへ沈み、赤く染まるその夕暮れの中で、二つの力が歴史を揺るがす衝突の時を待っていた。
一方は、ダイヤの塔とそれを守る者たち。
他方は、皇帝に率いられしイアト帝国。
そしてその狭間には、女神の予言の残響が響く。
「ただ、揺るぎなき心だけが、黒き太陽に抗える。」
決戦の刻は目前に迫っていた。
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