第207章 – アヤネの秘密
平原の中央で焚き火がパチパチと音を立て、分隊の野営地に長い影を落としていた。ヴォルテルの兵士たちは不安そうに眠っていたが、四人の日本人の若者たちは眠らず、これまでの出来事を思い返していた。
タクミは懐かしそうに星空を見上げて微笑んだ。
——不思議だよな……ちょっと前まで高校にいたんだぜ?課題にテスト、部活のこともあってさ……今じゃ神様や戦争の国にいるんだもんな。
リクは剣に体を預けて、声をあげて笑った。
——ああ、数学のテストで文句言ってたのが懐かしい。あっちの方がまだマシだよ。ヴォルテルの隊長たちとの訓練なんて、骨が折れるかと思ったぜ。
いつも通り真面目なハルトは、魔導書から目を上げて言った。
——あの日、女神が俺たちを救ってくれたんだ。今でもはっきり覚えてる。教室で光に包まれて、目を覚ましたら、あの黄金の祭壇の前だった。「異世界の勇者たちよ」と呼ばれて、使命を与えられた。
タクミは頷き、拳を握った。
——ああ。それから毎日、命懸けで訓練してきた……実際、命が懸かってるからな。
そのとき、アヤネが沈黙のまま杖を両手で握りしめていた。白いローブが焚き火に照らされてやさしく輝いていたが、その瞳は別の場所、別の時間を見つめていた。
それに気づいたタクミが声をかけた。
——アヤネ……何を考えてるんだ?
彼女は一瞬ためらったが、やがて小さな声で答えた。
——日本のこと。……置いてきた誰かのことを。
リクが眉を上げた。
——友達か?
アヤネは視線を落とし、唇がわずかに震えた。
——ただの友達じゃないの。幼稚園のころから、ずっと一緒だった人。毎朝一緒に登校して、いじめっ子から守ってくれて、高校ではお弁当も分け合って……彼は、私の一番の友達だった。
沈黙がさらに深くなる。
好奇心を抑えきれず、ハルトが尋ねた。
——誰なんだ?
アヤネは焚き火の炎を映した涙ぐんだ瞳で顔を上げた。
——リュウガっていうの。
その名は、空気を切り裂くように響いた。
——私は……彼に想いを抱いていたの。ずっと、言えなかったけど、心の中ではいつも彼がいた。女神に召喚されたとき、もう二度と会えないと思った。でも……なぜか、彼もこの世界にいる気がしてならないの。
タクミは驚いた様子で彼女を見つめ、リクは黙って歯を食いしばり、ハルトはゆっくりと魔導書を閉じた。
アヤネは遠く、月の光に照らされたダイヤモンドの塔を見つめていた。あれはまるで、逃れようのない運命を示す灯台のようだった。
——もし、この世界に来たのが運命なら……彼をもう一度見つけるためだったのかもしれない。あの頃の彼、いつもそばにいてくれた友達……今も愛している、その人に。
最後の言葉を口にすると、彼女の声は震え、冷たい風がその想いを闇へと運んでいった。
アヤネの心は確信していた——
幼い日の親友であり、青春を共にした彼。
それが、リュウガだった。
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