第206章 – 異世界の声
平原に設けられた即席の野営地は静まり返っていた。焚き火がパチパチと音を立て、四人の日本人の若者たちの顔を照らしていた。その向こうでは、ヴォルテルの兵士たちが不安げに眠りについており、来るべき戦いに備えていた。
タクミは星空を見上げ、沈黙を破った。
——いまだに信じられない時があるよ……わかるか?ほんの数ヶ月前まで、俺たちは日本にいたんだ。なのに今は……戦いや神のことを話してる。
リクは剣にもたれながら、低く笑った。
——ああ……まだ覚えてる。あの瞬間。学校から出たところだったよな?光が差して、空っぽになって、気づいたら……祭壇の上だった。
アヤネは頷き、銀色の髪が焚き火に照らされて輝いた。
——ヴォルテル王国の女神が、そこで私たちを迎えてくれた。あの声は本当に澄んでいて、あたたかくて……「異世界の勇者たちよ、私は我が民の祈りに応えました」。あの言葉、私は一生忘れない。
ハルトは眼鏡を直し、真剣な眼差しで地面を見つめた。
——不思議なのは、最初から信じてたわけじゃないってことだ。俺は……夢だと思ってた。けど、紋章を授かって、魔力が体を巡った瞬間……あれで現実だと確信した。
タクミはその時を思い出していた。黄金の光に包まれた女神が、彼に「守」の漢字が刻まれた護符を渡した瞬間を。
——「お前はこの世界の盾となるだろう」……そう言われたんだ。その護符に触れるたびに、今でもその声が聞こえる。
アヤネは優しく微笑み、杖を握りしめた。
——私はこう言われたの。「剣でも癒せぬ傷を癒す者となれ」と。それを胸に、ヴォルテルの神官たちと一日も休まず修行した。この約束に応えたくて。
リクは手のひらを見つめながら、ため息をついた。
——俺は王国の守護剣を授かった。でもタダじゃなかった。筋肉が悲鳴を上げるまで鍛えられて、何度も隊長に叩きのめされた……初めて一撃を返せた時、やっと少しは認められた気がした。
ハルトは眼鏡に光を反射させながら、続けた。
——俺には知識の加護が与えられた。でも訓練は地獄だった。昼夜問わず魔導書を読み漁って、鼻血が出るほど魔法陣を書き続けた。今、数秒で詠唱できるのは、その地獄のおかげだ。
沈黙が戻る。
焚き火の音だけが響き、それぞれが日本に置いてきたものを思い返していた。授業、友人、家族……もう来ない未来。
タクミは仲間たちを見つめ、力強く言った。
——俺たちは望んで来たわけじゃない。けど、選んで進んだ。セレネとエルリアが道を示してくれた。次は、俺たちが踏み出す番だ。
アヤネは杖を地面に立て、やわらかく光らせながら仲間たちを包み込んだ。
——それならここで誓おう、この星空の下で。何があっても、私たちは一緒に帰るって。
リクは剣を掲げて、片方の口元をつり上げた。
——最後まで、一緒だ。
ハルトは魔導書を閉じ、それを膝に軽く叩きつけた。
——誰かが倒れそうになったら、残りが支える。それだけだ。
タクミは拳を握りしめ、誓いの温もりを感じていた。
——俺たちは日本の英雄だ。でも、今はこの世界も俺たちのものだ。守り抜こう。
星々がその誓いに応えるように瞬いた。
そして、冷たい風が野営地を吹き抜けたとき——四人はもう覚悟を決めていた。学生としてではなく、英雄として。
この章が気に入ったら、お気に入り登録・コメント・シェアをよろしくお願いします。
あなたの応援がこの物語を生かしています。