第167章 ―― 英雄の炎
漆黒のポーセリン人形が怒りに震え、四本の刃の腕が大鎌のように空気を切り裂いていた。
黒い糸が劇場中に広がり、柱や壁、床までも絡め取り、まるで世界そのものを窒息させようとしているかのようだった。
アルタは剣を回し、首元へ迫る糸を次々と斬っていく。
――止まらない…!終わりのない怪物だ!
マグノリアは三重のバリアを展開していたが、その顔は汗で濡れていた。
――もう限界…!誰か、早くあいつを倒して…!
グレイオは突撃し、ハンマーで人形の脚を叩き砕く。しかし砕けた部分は黒い糸によって即座に再生されていく。
――くそっ…!壊しても再生しやがる!
人形が甲高い叫び声をあげ、その空洞の目から黒い光線を放った。それはマグノリアの防御を貫き、アルタの足元で爆発し、彼を膝から崩れさせた。
一瞬、絶望が全員を包み込んだ。
だが――
リュウガが一歩前へと出た。
その瞳が、これまでにない光を帯びていた。青と銀の魔法陣が虹彩の中で回転し、操りの糸だけでなく、人形の内部に脈打つ呪われた心臓さえも見抜いていた。
――…お前はもう「おもちゃ」じゃない。敵ですらない。
――お前は嘘だ。そして俺は、その嘘を――この命で焼き尽くす。
両手を掲げると、空中に魔法の紋章が現れ、それが螺旋を描いて繋がっていく。
劇場全体が震えた。まるで、魔法そのものがリュウガの意志を受け入れたかのように。
人形は全ての糸をリュウガに向けて放った。必死だった。
――やめろおおおおっ!壊さないでええええっ!
だが、リュウガは一歩も引かない。
――《完全燃焼・絶火陣》
足元に巨大な魔法陣が広がり、そこから青と銀に輝く炎の柱が天へと噴き上がった。
その火は、ただの炎ではなかった。天の浄化と地獄の怒りを併せ持つ、純なる焔。
黒い糸は瞬時に焼かれ、灰へと消えた。
陶器の腕は蝋のように溶けていく。
人形の身体は悲鳴を上げながら捻じれ、全身がその焔に包まれた。
アルタ、マグノリア、グレイオはまばゆさに目を覆った。
それは、劇場の中に太陽が昇ったかのような光景だった。
人形は最後の叫びをあげた。その声は虚空に割れて消えた。
――わたしは……おも……ちゃじゃ……ない……!
そして、無数の灼熱の陶器の破片となって砕け散り、風に乗って灰となり空へと消えた。
静寂が劇場を包んだ。
リュウガの魔焔の残り火だけが、青い蛍のように漂っていた。
リュウガはゆっくりと手を下ろし、荒い息をつきながらも、静かな光を湛えた目でつぶやいた。
――終わった…。
マグノリアはその場に崩れ落ちる。
――あの技…まるで、天が燃えるのを見たみたいだった…。
アルタはまだ剣を握ったまま、リュウガを見つめた。
――君はただの戦士じゃない…何か、もっと違う存在だ…。
グレイオはハンマーに身を預けながら、笑った。
――へっ…お前に賭けてよかったぜ、坊主。
劇場は再び沈黙を取り戻した。人形は焼き尽くされ、この地を覆っていた闇も消え去った。
だが彼らの胸の奥では、誰もが気づいていた。
これは――リサンドラの盤上に置かれた、ほんの一駒にすぎないことを。
本当の戦いは、まだこれからだった。
この章を気に入っていただけたら、ぜひ★やブックマークをお願いします!応援が物語を進める大きな力になります!
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
この作品をいつかランキングに載せたいという夢があります。
そのためには皆さまの応援が必要です。
感想やご意見、ご評価をいただけると、とても励みになります。
これからもどうぞよろしくお願いします!