第149章 – 濁った月の下での迷い
夜の帳が村を重苦しく覆っていた。
松明の煙が空に漂うものの、その明かりすら、どこか歪んだ世界を照らすには力不足に思えた。
村人たちは不安げな眠りに落ちていた。
まるで、目に見えない何かが夢の中から引きずり下ろそうとしているかのように。
仲間たちは、古い納屋を避難所として使っていた。
会話はなかった。沈黙が支配していた。
その静寂を破ったのは――クーロだった。
「これは、ただの任務じゃない」
彼の声は冷静だったが、どこか沈んでいた。
「リサンドラ……彼女は、これまでの敵とは違う」
ウェンディはうつむきながら、
手の中に握りしめた包帯を強く握り締めた。
「分かってる……だからこそ、胸が痛むのよ。
あの子は……こんな道を自分で選んだわけじゃない」
アイオは焚き火の光に照らされながら、
部屋の隅で膝を抱えていた。
その表情は、内側で何かと闘っている少女そのものだった。
「……彼女は、私の友達。
“化け物”なんて、そんなふうに見られない。
……敵にするなんて、できないよ」
いつも強気なヴェルですら、眉間に深くしわを寄せる。
「でも、このままじゃ……また誰かが死ぬぞ。
もう見ただろ、アイオ。
俺たちはどこまで“待つ”つもりだ?」
前に出たのは――セレステだった。
その瞳には、深い静けさと覚悟があった。
「ヴェルの言葉も正しいわ。
リサンドラは、一線を越えた。
問題は……私たちが今、彼女を“救いたい”のか、それとも“倒したい”のかってこと」
その問いに、部屋全体が押し黙った。
焚き火の煙よりも重い沈黙が降りた。
そして――プレティウムが、壁にもたれたまま口を開いた。
その声は冷たく、鋭く、残酷なほど現実を突いていた。
「救う? ……自惚れるな。
あの少女はもういない。
今そこにいるのは、“憎しみ”と“恨み”で動く殻だ。
お前たちは奇跡を信じたいだけだ。
……だが、俺が見たあの目には――“空っぽ”しかなかった」
アイオが跳ねるように立ち上がった。
目には涙が滲んでいた。
「違う! そんなの、違う!
まだ……まだ、あの子は中にいる!
私には分かる!」
「……もし、お前が間違ってたらどうする?」
プレティウムの声は変わらなかった。
だが、その一言は刃のようだった。
「お前の“希望”のせいで、誰かが死ぬことになったら……お前は責任を取れるのか?」
その時、ずっと黙っていたアンが立ち上がった。
その瞳は燃えるように輝いていた。
怯えも、迷いもなかった。
「……それでも、私は信じたい。
あの子は、笑い方を教えてくれた。
心がボロボロでも、笑っていいんだって……教えてくれた。
だから私は、あの子を絶対に見捨てたりしない」
そして、リュウガが前に進み出た。
全員の言葉を聞き終えた後の、静かな声だった。
「……俺は、“必ず救える”なんて約束はできない。
だが、“救えないと決めつけて”諦めるつもりもない。
もしかしたら――
“ヒーロー”と“暴君”を分けるのは、その“決断”なのかもしれない」
その言葉に、誰も返さなかった。
うつむく者。
拳を握りしめる者。
それでも、それぞれの胸に何かが芽生えていた。
焚き火がはぜる。
その音が、胸の奥にある“迷い”と呼応していた。
屋根の隙間から覗いた月は――歪んでいた。
白く、細く、冷たく……どこか狂気を孕んだように、
その光が彼らの決意を試すかのように降り注いでいた。
そして誰もが、もう分かっていた。
――その「時」は、すぐそこに迫っている。
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