第146章 – 決断の重み
空気は張り詰めていた。
戦いのざわめきがまだ村の壁に反響していたが、
最も重くのしかかっていたのは――瓦礫でも、村人たちの恐怖でもなかった。
それは、アイオの沈黙だった。
彼女は広場の端に立ち、拳を握りしめ、乱れた髪を風にさらしながら、
早い呼吸のまま身を震わせていた。
だがその震えは――死への恐怖ではなく、「攻撃すること」への恐怖だった。
「……無理。できない」
彼女は、誰に聞かせるでもなく、かすかに呟いた。
アンが近づき、不安げに彼女を見つめる。
「アイオ……?」
「できないってば!!」
アイオは叫ぶように言った。
その目には涙が滲んでいた。
「リサンドラだよ? 友達だったじゃん! 一緒に笑った。ケーキ食べた。歌も教えてくれた。
どうしてそんな子と戦えっていうの!?」
その場の空気が、凍りついた。
仲間たちの声
最初に前に出たのは――カグヤだった。
彼女の穏やかな笑顔は、アイオの心の嵐を静かに裂こうとしていた。
「アイオ……誰も、リサンドラを憎めって言ってるわけじゃないよ。
忘れろなんて言ってない。
でもね……戦うことが、彼女に届く唯一の手段かもしれないの」
次に前へ出たのは、半獣人のブルーナ。
その低く温かな声が響く。
「私も、心の中に消えない傷を持ってる。
でも放っておけば、傷は人を喰らう。
もし彼女を放置したら、その傷が彼女を壊すわよ。
それでもいいの?」
クールなクーロも、飾らずに口を開いた。
「君の思い出は、戦ったって消えない。
むしろ……戦うことで、それを守れる可能性がある」
ヨルもまた、深い声で静かに続けた。
「逆だったらどうする?
もし君が“堕ちて”しまったら……
君は、友達に戦ってでも自分を取り戻してほしくない?」
予想外の声
王子アルサスが、ゆっくりと前に出る。
青いマントが静かに揺れていた。
「私の王国で学んだことがある。
戦う相手は、“敵”ではなく、“その人を喰らう闇”であることもあると。
リサンドラが本当に君の友達なら……
君が戦うべき相手は、彼女ではなく――
彼女を奪った“闇”なんだ」
マグノリアも、腕を組んだまま、冷静に言葉を添える。
「怖いのは当然よ。
でもその“怖さ”があるからこそ、あなたは人間。
そしてその恐れを乗り越えて戦えるなら……
それは、憎しみじゃなく“希望”から生まれた力になる。
そして――それは、すべてを変えうるわ」
アイオの目覚め
アイオは、皆の声を一つひとつ聴いていた。
手の震えは消えなかった。
でも、目に宿る光が変わっていた。
――それは、無力さの涙ではなかった。
決意の涙だった。
「……諦めない。私……戦う」
「それでこそ、アイオだよ」
カグヤが微笑む。
「私たち、あんたを支える」
ブルーナが力強くうなずく。
「一人じゃない」
アンがアイオの手を握った。
アイオは拳を強く握りしめる。
心臓が、太鼓のように鳴っていた。
広場の静けさの中で、その鼓動が響いているようにすら思えた。
「リサンドラ……」
アイオは囁いた。
「たとえ戦うことになっても……救ってみせる。
だって、私は……君の“友達”だから」
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