第145章 – 闇に響く残響(エコス・エン・ラ・ペヌンブラ)
沈黙はあまりにも濃密で、まるで湿ったヴェールのように村を覆っていた。
月は黒雲の奥に隠れ、風は乾いた枝を揺らすことすらためらっているかのようだった。
アンとウェンディは、戦闘の緊張から少しでも解放されようと、裏路地に身を寄せていた。
その狭い小道に響く足音は、やけに大きく感じられた。
「ママ……」
アンは囁くように言いながら、破れたドレスの裾をなでた。
「本当に……助けられると思う?」
「助けなきゃいけないのよ」
ウェンディは力強く返した。だが、その目には確かな迷いの影が浮かんでいた。
「もし助けられなかったら、あの頃のあなた――小さな女の子を、自分たちで見捨てたことになる」
アンは寂しげな笑みを浮かべ、言葉の代わりに彼女をそっと抱きしめた。
――
そのころ、もう少し広い通りでは、リュウガが静かに歩を進めていた。
その横を歩くのは、セレステとヴェル。三人とも口を開かず、それぞれの思考に囚われていた。
空気は――張り詰めていた。重く、鋭く。
「……静かすぎる」
ついにヴェルが口を開いた。
短剣のベルトを締め直しながら、警戒を強める。
「敵がどこかで、こっちが油断するのを待ってる……そんな感じがする」
リュウガは頷いた。目は一度も廃屋から外れない。
「その通りだ。
これは静寂じゃない。“待ち伏せ”だ」
セレステは二人を見つめていた。
蒼い瞳は一見落ち着いているように見えたが――
内側では、抑えきれない緊張が沸き上がっていた。
「もし、これがリサンドラの仕業なら……もう彼女を“ただの敵”として見てはいけないと思う」
ヴェルは鼻で笑った。だが皮肉ではなく、現実的な響きだった。
「お前はいつだって全員を救おうとするな。
でもな……救えない奴もいるんだ」
「分かってるわよ!」
セレステが立ち止まり、ヴェルを見つめた。
その声は震えながらも、鋭さを持っていた。
「私は……もう何人も死ぬのを見てきた。
でも、彼女の中にまだ“人間”としての火が残ってるなら……たとえわずかでも、私は信じたいの」
二人の緊張が高まりかけたそのとき――
リュウガが静かにセレステの肩に手を置いた。
「誰かを救おうとするのは“弱さ”じゃない、ヴェル。
そして、救えないことを認めるのも“逃げ”じゃない。
どちらかに偏れば、人は壊れる。
……だから必要なのは、“均衡”だ」
その言葉に、重苦しい沈黙が降りる。
ヴェルは視線を逸らし、悔しそうに唇を噛んだ。
「……わかった。
でもな。
またあいつがアンやアイオを襲うような真似をしたら……
俺は迷わず剣を振るう」
セレステは、静かに目を伏せ、うなずいた。
「……分かってる」
リュウガは数歩離れて、遠くの寺院の塔を見上げた。
その影は、月のない夜空の中でさらに不気味に浮かび上がっていた。
村の沈黙は――もはや自然な静けさではなかった。
不自然なまでに整った「沈黙」。
それは、誰かが作り上げた舞台。
「簡単にはいかないだろうな」
リュウガは落ち着いた声で呟いた。
「だが、俺たちは一緒に進む。それだけだ」
その瞬間。
広場の方角から、遠くで木が軋む音が響いた。
まるで、何か巨大なものが目覚めたかのように。
空気が――変わった。
沈黙は、静けさではなく「前兆」に変わる。
そして闇の中。
何かが、確かにこちらを見ていた。
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