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第144章 ――おもちゃの王国

広場が静止した。

紫の糸がぴんと張り詰めたかと思うと、ふっと力を失い、村人たちの身体はその場で動きを止めた。

まるで幕間の休息を迎えた操り人形のように。


その中央に現れたのは――

リサンドラ。

もう彼女は、かつての素朴な村娘ではなかった。


純白に金と紫の刺繍が施されたドレスを纏い、まるで童話から抜け出したような姿。

だが、その瞳だけは変わらなかった。

――壊れてしまった少女の瞳。


手にした布人形は、即席の王笏のように紫に輝いていた。


「もういいわ」

その声は甘く、そして…恐ろしく冷たい。

「彼らは、あなたたちの仲間を楽しませてくれるわ。

でも私は――あなたたちと話がしたいの。」


アンとアイオは視線を交わし、無言で一歩前へ進んだ。


リサンドラの宣言


「どうして…どうして、こんなことをするの?」

アンの声はかすかに震えていた。


リサンドラは目を伏せ、愛おしそうに人形を撫でた。


「どうして…?

だって、大人の世界は…間違ってるから。」


その声には、年齢に見合わぬ痛みが宿っていた。


「大人は“子どもたちのために”戦争をすると言うけれど…泣くのは、いつも子どもたち。

“大切にする”って言いながら、結局考えてるのは金や権力や…自分たちのことばかり。

夢を笑い、“そんなの無駄”って言って、私たちを早く“従順な大人”に変えようとする。」


アイオは拳を強く握った。

その表情には、深い影が落ちていた。


リサンドラは続けた。

その瞳に浮かぶのは、怒りとも悲しみともつかない光。


「間違っていても、従わなきゃいけない。

涙の意味もわからずに叩かれて、手を握ってほしいだけなのに、独りにされる。

いらなくなったら、“壊れたおもちゃ”みたいに捨てられるのよ。」


彼女のドレスが揺れるたび、人形から黒い風が漏れ出すようだった。


「だから私は決めたの。

――“おもちゃの王国”を作るって。

誰も大人にならなくていい世界。

子どもたちがずっと笑って、ずっと遊んで、

もう二度と…自己中心な大人たちのせいで傷つかない世界を。」


その最後の言葉だけ、ほんの少しだけ震えていた。


アンとアイオの応答


アンは一歩、さらに前へ。

ブーツの音が、静かに石畳を打った。


「リサンドラ…あなたの痛み、わかる。

その怒りも、私、感じたことある。

でも――」

彼女は胸に手を当てて言った。

「子どもたちを“変わらない世界”に閉じ込めたら…それは本当に“守ること”になるの?」


リサンドラの瞳が、一瞬だけ揺れた。


アイオは一歩前に出て、はっきりとした声で叫んだ。


「夢は、子どもだけのものじゃない!

大人だって、夢を見る。

確かに、失敗する人もいる。裏切る人もいる。

でも…私には、信じてくれた“誰か”がいた。

絶望していた時に、手を差し伸べてくれた人がいた!」


アンも笑顔を浮かべ、涙を堪えながら続けた。


「私だって、そう。

私も“信じてくれた人”がいたから、ここに立ってる!

大人が間違うことがあっても…

“誰かが子どもを守ろうとしてる”限り、希望はある!」


アイオは拳を握りしめ、ギターから優しい音が響いた。


「悲しみのない世界は、確かに素敵かもしれない。

でもそれは、成長のない世界。

希望も、目指す夢もない世界。

あなたの王国に加わるってことは…私たちが“人間であること”を、捨てることになる。」


リサンドラの唇が震えた。

人形を、少しだけ下ろす。


「それが…あなたたちの答えなのね?」


アンとアイオは、声を合わせて答えた。


「――そうよ!」


沈黙が落ちた。

風が吹き、アンのリボンと、アイオの橙色の髪がそっと揺れた。


リサンドラはうつむき、一筋の涙をこぼした。

だが、再び顔を上げたとき、その瞳には異様な炎が灯っていた。


「…わかったわ。」

その声は、冷たく、それでもどこか未練があった。

「きっと、時間が足りなかっただけ。

だからもう一度チャンスをあげる。」


彼女が背を向けると、糸に操られた村人たちが再び動き出し、円を描くように彼女を囲んだ。


「リサンドラ、まだ…戻れるわ!」

アンが叫ぶ。


だが、リサンドラは井戸の影へと向かいながら、静かに言った。


「“おもちゃの王国”で待ってる。

その時に、まだ私を拒むというのなら――」

一瞬立ち止まり、声が張りつめる。


「――その時は、この手であなたたちを壊すわ。」


紫の光が弾け、彼女と操り人形たちは渦巻くエネルギーの中へと消えていった。


広場には、ただ…崩れた石と、反響する静寂だけが残された。


アイオは奥歯を噛み締めた。


「壊したいんじゃない…彼女は、私たちを“変えたい”んだ。

でも…」


アンが彼女の手を取り、まっすぐな目で見つめた。


「だからこそ、私たちが彼女を救うのよ。

たとえ、“敵”と呼ばれても。」


パールが静かに頷いた。

その声は金属的でありながら、どこか優しかった。


「感情記録:リサンドラ、依然として“迷い”を保持中。

更生の可能性――34%。」


ブルーナは眉をひそめた。


「34%って、決して高くはないけど…ゼロよりマシね。

でも、そこに辿り着くまでが地獄だわ。」


ずっと黙って見守っていたリュウガが、静かにアンの頭へ手を置き、アイオの肩に手を当てた。


「どんなに困難でも、

君たちが“戦う理由”を選んだのなら――

俺は、後ろで支える。」


二人の少女は彼を見上げ、そして頷いた。


その瞳には、確かな決意の光が宿っていた。


――“おもちゃの王国”との戦いは、今、始まったばかりだった。

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この物語はメキシコ出身の作者「ジャクロの魂」によって執筆されています。 お気に入り・評価・感想などいただけると、物語を続ける力になります! 応援よろしくお願いします!
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