第138章 – 人間の中のロボット
その朝、村は穏やかに見えていた。
パン職人は焼きたてのパンを並べ、子どもたちは石畳の道を駆け回り、市場は香辛料や肉、果物を売る声で賑わっていた。
ガレオンは村はずれに隠されていたが、乗組員の何人かは人々と交流するために降りてきていた。
その中に――スティア、金属の巨体。これまで多くの人間と直接触れ合うことはなかった存在だった。
市場の驚き
スティアが市場に入ると、賑わいはぴたりと止まった。
村人たちは口をあんぐりと開け、青白い光を宿す瞳と磨き上げられた装甲を持つ巨人を見つめた。
「……あれ、危なくないのかい?」
老女が孫を抱きしめながらささやいた。
スティアは立ち止まり、低く響く声で、だがどこか穏やかに答える。
「確認:私は安全です。現在のプロトコルは――“共存”。」
重苦しい沈黙を破ったのは、一人の小さな子どもだった。
リンゴを手に近づき、無邪気に差し出す。
「食べる?」
スティアは首をかしげ、大きな指でリンゴを丁寧に受け取った。
まるで神聖なものを扱うように眺め、そして言った。
「警告:私は消化機能を持ちません。ですが……贈り物に感謝。」
子どもは声をあげて笑い、周囲の大人たちもようやく肩の力を抜いた。
新しい友達
一方、アンとアイオはリサンドラと一緒に市場を回っていた。
彼女は楽しそうに人形を見せていたが、時折スティアに視線を送り、不思議な興味を示していた。
アンが手を振って呼ぶ。
「スティア、見て! 彼女がリサンドラ。私たちの新しい友達だよ!」
スティアはゆっくりと振り向き、少女を見下ろして首を傾げた。
「視覚確認。新しい存在:“アンとアイオの友人”。」
「……わたしを友達って思ってくれるの?」リサンドラははにかんで笑う。
「肯定:はい。」
少女は小さく笑ったが、その瞳の奥で一瞬、不思議な光が揺らめいた。そしてすぐに人形を抱きしめた。
周囲の反応
かぐや、ヴェル、セレステ、ウェンディは少し離れたところでその様子を見ていた。
「ふん。人間の私より、ロボットのほうが信用されるなんてね」
かぐやが腕を組み、鼻を鳴らす。
ヴェルは片口を上げて笑った。
「だって、あんたみたいにすぐ怒鳴ったり喧嘩を売ったりしないからでしょ」
「なっ……今なんて言ったのよ!?」
かぐやは顔を赤らめて指差す。
セレステはため息をつき、竜牙に視線を送った。
「まさか、あの巨人よりもややこしい存在が隣にいるなんてね」
ウェンディは目を回す。
「むしろ、アンとアイオと同じくらい騒がしいわ」
その言葉を耳にした二人は同時に跳ね上がった。
「えぇっ!? わたしたち可愛いだけでしょ! 問題なんか起こしてないし!」
笑い声が広がり、その中でスティアも小さな「ピッ」という音を鳴らした。
まるで機械の笑い声のように。
村に溶け込む巨人
夕方になると、スティアは樽を運び、壊れた荷車を修理していた。
村人たちの目に映る恐怖は、次第に尊敬へと変わっていく。
子どもたちは彼の後をついて回り、まるで物語の英雄のように扱っていた。
竜牙は少し離れた場所からその様子を眺め、静かに呟く。
「……まさか金属の巨人が一番うまく人の中に溶け込むとはな」
セレステが彼に歩み寄り、低く囁く。
「きっと、それが必要なんだわ。どんなに異質でも……もっと大きなものの一部になれるってことを見せることが」
竜牙はうなずいた。だが心の片隅には焼き付いていた。
リサンドラのあの視線――
幼い笑みの奥に隠された、秘密のような影を。