第128章――「夜明け前の夜」
宿屋はすぐに、笑い声と語らいに満ちた避難所となった。
誓いを交わしたあとの緊張は、ゆっくりとほどけていった。
暖炉の火が壁を照らし、テーブルには焼きたてのパン、肉料理、そして泡立つビールのジョッキがずらりと並べられていた。
グレイオは陽気にジョッキを掲げ、木のテーブルをゴンと鳴らした。
「こんなに騒がしい晩餐は何年ぶりだろうな!」
その横で、パールが静かに彼のこぼしたビールの跡を拭いていた。
「グレイオ様、失礼ながら、現在の散らかし率は92%を超えています」
パールは機械的な声で報告しながら、まるでプログラムされたかのように、ピシッとした動きでハンカチを振った。
皆がどっと笑った。酔ったグレイオは頬を赤らめながらも、
「あと2%だ!100%まで行こうぜ!」
と得意げに言い放った。
セレステは穏やかな微笑みを浮かべながら、パンをアンとアイオに分けていた。
だが、その最後の一切れをめぐって、二人の間に火花が走る。
「それ、私が先に見たのよ!」アンがパンを引っ張る。
「嘘!私が先に手を挙げた!」アイオも譲らない。
そこに、カグヤが俊敏な猫のような動きで割り込んだ。
「なら、いただきます♪」
ひょいとパンを奪い、あっという間に口の中へ。
一瞬の静寂。
そして――
「カグヤァァァァァ!!!」
アンとアイオの怒号が響いた。
リュウガも思わず吹き出し、ウェンディは呆れたように首を振った。
「いつかあの子、私たちをとんでもない騒動に巻き込むわね」
一方、隅の席ではスティルとリーフティが他のメイド型ロボットたちに即席のカードゲームを教えていた。ルールはその場で作っているようだったが、皆真剣で、そして楽しそうだった。
その賑やかさの中、マグノリアは一人、静かに座っていた。
やがて、そっと微笑みながら呟く。
「こんな時間を、最後に感じたのはいつだったかしら…」
彼女の隣にいた青髪の継承者が、黙ってうなずく。
その言葉を聞いたリュウガは、彼女に向かって杯を掲げた。
「楽しんでおけよ。明日の朝日が昇れば…すべてが変わる」
その言葉は空気に溶け、宴の空気に小さな影を落とす。
皆が心のどこかで感じていた。
――この静けさは、嵐の前のものだと。
夜は更けていった。
笑いと語り、そして温もりの余韻とともに、皆が一人また一人と部屋へ戻っていく。
外の空は、どこか見下ろしているように暗く静かで。
その夜空は、誰よりも知っていた。
――夜明けが、秘密を連れてくることを。