第127章 – 「ダイヤモンドの塔の継承者」
朝は静かに進んでいた。だが前夜の約束どおり、マグノリアが一行を村の外れへと案内した。湿った薪と掘り返されたばかりの土の匂いが漂い、彼女のフード付きの外套を風が揺らしていた。
「こちらです」――彼女は凛とした声で告げた。
竜牙たちは無言のまま後に続き、互いに好奇心と期待を込めた視線を交わす。やがて近くの草原に出ると、彼らを待つ人物がいた。乱れた青髪が肩にかかり、同色の瞳は鋭さと疲れを同時に宿している。隣には濃い髭をたくわえたドワーフが立ち、パイプをくゆらせ、煙を幽霊のように漂わせていた。
「ご紹介しましょう――」マグノリアは軽く頭を垂れる。
「我が主、エリフォール王家の末裔。そして、かつての王の友であるグレイオです」
青髪の男は一行を見上げた。その視線には警戒心が宿っていたが、同時にかすかな希望の光もあった。
「これが…私の話を聞くと決めた者たちか」
長く沈黙を保ってきたような、掠れた声だった。
ドワーフはくぐもった笑い声を漏らし、ブーツで地を踏み鳴らす。
「ふん、昔の冒険者どもとそう変わらんな…ただし女やら機械娘やらが多いのは妙なもんだがな」
機械仕えの娘たちは互いに顔を見合わせたが、反応は示さなかった。パールだけは淡々と小さく会釈した。
セレステが柔らかく笑みを浮かべ、返した。
「でも少なくとも、私たちは耳を傾けます」
マグノリアは一歩前に出て、空気を和らげるように語り始めた。
「皆さん、なぜ主が“ダイヤモンドの塔”を求めるのか、不思議に思われるでしょう。…その理由をお話しします」
その瞬間、場の雰囲気が変わった。ドワーフすら煙草を一度止める。
「およそ五十年前――」彼女の声は厳粛な響きを帯びる。
「この地には豊かな王国がありました。富も、古代の知識も、神秘の遺物も。まさに宝石のような王国、“エリフォール”です。ですがある日、ネクロレイザーが襲来したのです」
その名を口にすると、彼女の声がわずかに震えた。
「彼らは王国を滅ぼしただけでなく、すべてを焼き払い、奪い去りました」
竜牙の眉間が寄る。その名には、遠くから響く脅威の残響のようなものを感じ取った。
マグノリアは続けた。
「幼い王子はただ母の犠牲によって生き延びました。彼女は命を賭して子を隠し、守り抜いたのです。そして彼は…今日まで秘密のうちに生き延びてきました」
青髪の男が右腕を上げ、肩を覆っていた布をずらす。そこには銀色の紋章が刻まれており、朝の光を受けて輝いた。
「これこそ、エリフォールの継承者の証。予言にはこう記されていた――いつの日か、我らの末裔が奪われたものを取り戻すと。その時が…来たのだ」
重い沈黙が流れる。感情を抑えるように振る舞うかぐやですら、その瞳に好奇心を灯していた。
グレイオは再び笑ったが、今度は苦味を含んでいた。
「予言だろうがなんだろうが、血は流れすぎた。お前らはこの若造についていくのか? それとも他の連中みたいに拒むのか?」
セレステが一歩進み、迷いなく応える。
「もし“ダイヤモンドの塔”が本当にあるのなら――この目で確かめたい」
かぐやは鼻で笑い、口元に薄い笑みを浮かべる。
「好奇心には勝てないわ。もう首まで浸かってるしね」
パールは静かに首を垂れる。
「命令を確認。補佐任務に移行します」
ウェンディは溜息をつき、竜牙を見やった。
「結局いつもこういう流れになるのよね」
竜牙はうなずき、青髪の男の瞳をまっすぐに見据える。
「だが、俺たちが共に行くのは物語のためじゃない。お前が“その塔にふさわしい者”だと証明するなら――その時だ」
青髪の男は笑みこそ浮かべなかったが、その瞳にわずかな敬意の光が宿った。
マグノリアはその様子を見て、安堵の息をもらした。
「では……始めましょう」