第124章 ――「市場の静けさ」
朝の日差しが、柔らかな輝きで村を包んでいた。
昨夜の競りの喧騒は、まるで遠い夢のように思えた。
昨日、声は高く響き、金額の叫びや隠された脅し、緊迫した空気が支配していた。
しかし今日は、同じ通りに笑い声が戻り、穏やかな値切り合いと、焼きたてのパンの香りが広がっていた。
村人たちは静かに店を構え、
太陽の光を浴びた果物は宝石のように輝き、
スパイスの香りが風に乗って鼻をくすぐる。
人々の足音と、日常の会話が調和していた。
その後ろを歩くのは、二人の亜人の少女たち。
ロバの耳を持つ少女は、胸元で両手を握りしめ、まだ大きな声を出すことを恐れている様子。
狐の耳と尾を持つ少女は、落ち着かない様子で耳をピクリと動かしながら、周囲の音に敏感に反応していた。
──果物の屋台にて
「見て、このリンゴ!」
ウェンディが嬉しそうに声を上げた。
一つ手に取り、袖で拭き、半分に割って差し出した。
ロバ耳の少女は、一片を恐る恐る受け取り… 口に含んだ。
「…おいしい…」
ぽつりと呟くその声に、ウェンディは優しく微笑んだ。
その一言が、今朝の何よりの成果だったかのように。
──パンとお菓子の香り
別の屋台では、アンがパンの並ぶ棚を見つめていた。
焼きたての香りが、空腹をくすぐる。
「旅に持っていくなら、このあたりが良さそうね。」
その香りに惹かれたか、狐の少女がそっと手を伸ばすと、
屈強なパン屋の主人が柔らかな笑みを浮かべて、パンの一切れを差し出した。
「さあ、お嬢ちゃんに。」
少女はそれを受け取り、口に運んだ。
耳が後ろに傾くのは、心地よさの証だった。
──雑貨の屋台
その頃、ヴェルとリシアは小さなアクセサリー屋で遊んでいた。
小さな鏡やガラス玉、銅の護符が並ぶ中、ヴェルがブレスレットを手にして聞いた。
「これ、どう思う?」
「あなたには派手すぎるわよ」
リシアがくすりと笑う。
店の向こう側にいた少年がぽつりと呟いた。
「…まるで、お話の中の英雄みたい…」
その一言に皆がくすりと笑い、
リシアはそっと少年に囁いた。
「君もいつか、なれるかもしれないわよ。」
──薬草と癒し
カグヤ、セレステ、クロは薬草と薬膏を扱う老婦人の店に足を止めていた。
「この軟膏は軽い傷に効くよ」
老婦人は瓶を手渡しながら言い、続けて亜人の少女たちにもミントの小枝を渡した。
「口直しに。ここじゃ、誰も飢えさせたりしないよ。」
少女たちはぎこちなくも、心からの感謝の表情でそれを受け取った。
──村人との出会い
まもなく、年老いた村人が冷たい水の入った瓶を抱えてやってきた。
「よそ者だろうと…ここでは歓迎するぞ。」
その言葉は簡素であったが、
少女たちの瞳には、何よりも眩しい光として映った。
──ひとときの安らぎ
午前が終わる頃、皆が広場のベンチに腰を下ろして一息つく。
パンをかじりながら、果物を味わい、目を輝かせて屋台を見つめるハルとヨルの姿を、
セレステは静かに見守っていた。
「今日、私たちは大きな一歩を踏み出したわね。」
その声は、優しさと重みを含んでいた。
「もう、あの子たちは番号じゃない。」
アンとアイオは目を見合わせ、力強く頷いた。
その瞳の中には、新たな未来への決意が灯っていた。
近いうちに…
彼女たちに、本当の名前を贈る日が来る。
それは、過去ではなく未来に属する名前。