第121章 鎖の代償
広場は、交差する声の渦に包まれていた。
蛇のような笑みを浮かべた商人が、両手を掲げて注意を引いた。
「さあ、最初の宝石から競売を始めましょう!」
そう言って、彼は茶色い髪の少女の鎖を引いた。
少女は無理やり一歩前に出る。
「力、従順、そして絶対的な服従!
犬型の亜人、希少中の希少です!
開始価格は金貨1000枚から!」
すぐに一つの手が上がった。
「1500枚!」
灰色の髭を蓄えた男が叫んだ。
「2000!」
紫のローブを纏った男が視線を逸らさずに名乗りを上げた。
商人は満足げに頷く。
「いいぞ、2000! 2000が出た! 次は?」
「2500!」
指に宝石をはめた女が、勝利を確信したように微笑んだ。
犬耳の少女は唇をかみしめる。
涙は流さなかったが、その瞳には絶望的な沈黙が宿っていた。
リュウガは一部始終を見つめていた。
そのたびに、口々に出される数字が、彼の堪忍袋を突き刺していく。
「3000!」
広場の隅から若い商人の声。
「3500!」
髭の男が引かずに応戦。
群衆はざわめき、興奮が次第に熱を帯びていく。
その隣で、ヴェルが低い声で語った。
「これはただの売買じゃないわ。
自分の力を見せびらかしているの。
必要で買うんじゃない。
誰がこの場を支配してるか、示したいだけよ」
リュウガは黙ったままだったが、その目は鋼のように冷たくなっていた。
商人が装飾付きの杖で地面を叩く。
「4000だ! 他には?」
一瞬の静寂。
だが、すぐに声が響いた。
「4500!」
黒い鎧を着た男が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
商人は歓喜の笑みを浮かべる。
「売却! 4500枚で決まりだ!
続いて…第二の宝石!」
彼は今度、オレンジ色の髪の少女の鎖を引く。
少女は頭を垂れたまま一歩踏み出す。
その狐の尾が、不安げにふるえていた。
「知性、俊敏さ、美しさ……狐型の亜人!
開始価格は2000!」
手が次々と挙がる。
「2500!」
「3000!」
「3500!」
「4000!」
人々は息を呑み、笑い合い、次の一手を打つように相談していた。
まるで命の取引を遊びのように扱っているかのように。
クロが、リュウガの横で警告のように囁く。
「動くなら、今だぞ。
あの子たちは、このままじゃ売られる」
リュウガは一瞬だけ目を閉じ、そして静かに一歩踏み出した。
その姿に気づいた商人は、新しい入札者が現れたと勘違いして、笑顔で迎える。
「おや、旅の方。ご入札ですか?」
リュウガはまっすぐ商人の目を見据え、広場の喧騒を切り裂くような声で言った。
「……そうだ。俺の“入札”はこうだ。
今すぐ、その鎖を外せ。」
広場に緊張が走った。
ざわめきは、凍りついた。