第113章 ―「審判の形」
空が、震えた。
大気はよじれ、世界そのものが息を止めたかのようだった。
高みから、ゆっくりと降りてくる影。
その姿に、紹介は不要だった。
灰の王――ヨル。
かつては優雅だった彼の装束は、
今や機械と神秘の融合体のように歪み、ねじれていた。
金属の仮面は、“ありえない反響”を放ち、
その存在は……魂を凍りつかせた。
少女たちは彼に立ち向かう。
傷つき、疲れ果てながらも——
共に。
「……その顔……」
アンが震える背筋を感じながら、呟く。
「覚えてる……」
「違う……」
アイオが否定し、震える声を出す。
「そんなはずがない……」
ウェンディは剣の柄を強く握りしめる。
その目には、怒りの紅が宿っていた。
「ヨル……お前……
私たちを封印した……命を、奪った……」
ヨルは、何も言わなかった。
ただ、空へと手を上げた。
そして、破壊された壁の上。
三つのフードを被った影が、黙って見つめていた。
通信機から、ザラついた声が響く。
「……ヨル。
時間だ。」
そして——
世界が、崩壊した。
大地が割れ、
空気が空気でなくなり、
闇と光が交錯する渦が、ヨルを包み込む。
まるで、二つの現実が彼を奪い合うかのように。
そこから現れたのは、怪物だった。
その半身は——神の彫像のような白き大理石の体。
もう半分は——爪、牙、憎悪に満ちた黒い獣。
片目は白。片目は黒。
背には、光と影の翼。
それは、審判と罰。
創造と破壊。
神性と忘却の、融合体。
ヨルは、消えた。
走ることも、飛ぶこともなく——
ただ、“存在”をやめた。
次の瞬間、
アンの背後に現れた。
黒い爪が、彼女の腹を貫いた。
アンは、人形のように吹き飛ばされ、塔に激突した。
「アン!!」
ウェンディが怒りの咆哮を上げ、銃を連射する。
だが、闇の翼が全てを防いだ。
傷一つつかない。
反撃は、苛烈だった。
衝撃波がウェンディ、アズ、リーフティを
瓦礫の中へと吹き飛ばす。
アイオが空から突撃する。
その槍は、咆哮を上げる彗星のようだった。
——命中。
だがヨルは彼女の首を掴み、
地面へと叩きつけた。
大地が揺れた。
「グッ……ああああッ!」
アイオが叫ぶ。
彼女のアーマーが砕け散る。
リーフティが狙撃の構えを取り、
アズが封印魔法を放つ。
……効いたように見えた。
錯覚だった。
ヨルは、封印を咆哮と共に破壊し、
紫の爪が蛇のように伸びてリーフティを捕らえ、壁へと叩きつけた。
アズのバリアは——
紙のように裂かれた。
全員が倒れる。
アイオは血を流し、
アンはかろうじて意識を保ち、
ウェンディの腕は折れ、
リーフティは肩を脱臼し、
アズは……意識を失っていた。
「これ……戦いじゃない……」
ウェンディが苦しげに呟く。
「処刑だ……」
アンは地を這いながら、ボロボロの衣装のまま、
息を切らして言った。
「これが……本当の力なの……?」
目の前にいるその存在は、
制御のために戦っているのではなかった。
それは、形を持った憎悪。
一撃ごとに、感情を否定し、
一咆哮ごとに、感覚の全てを否定する。
そこにいたのは、
魂を持たないヨル。
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アンが、
目を閉じた。
――最期の一撃を、受け入れるために。
……だが。
“それ”は、止まった。
ヨルは、彼女を見つめていた。
その目に——
ほんの一瞬だけ、
光が消えた。
煌めきが途絶え、
沈黙が差し込んだ。
——火花。
——亀裂。
「……お前……」
聞き取れないほどの声で、何かを呟く。
怪物が……ためらった。
一つの名前が、心をかすめた。
白い蝶。
焼け焦げた草原。
泣き崩れる、小さな影。
「……そんなはずが……ない……」