第107章:「紅の光、永遠の矢」
黒い煙が人工の空を覆っていた。
エレノア王国の中央炉が軋み、金属の柱が崩壊の重みに耐えきれず折れていく。
灰色の世界の歪んだエネルギーが空間を喰らい、現実そのものを削ぎ落としていた。
ジオとエルワは、もはや元の姿を留めていなかった。
漆黒の鎧に包まれ、そこからは穢れた魔力が滲み出ている。
その眼差しは、純粋な憎悪。
彼らの前に立ちはだかるのは、傷だらけになりながらも決して退かないヴェルとリシア。
ヴェルの左腕は血に濡れ、呼吸は短く途切れ途切れ。
リシアは白と緑のドレスが裂けながらも弓を構え、その瞳には「最後まで戦う」という揺るぎない決意が宿っていた。
ジオが剣を振りかざし、リシアの肩をかすめる。
「これで終わりか?」嘲るように吐き捨てた。「こんな連中が世界を救う英雄だと?」
エルワがゆっくりと迫る。
黒水晶の槍からは、腐食する魔力が滴り落ちていた。
「獲物はもう尽きた……狩りは終わりだ。」
リシアは歯を食いしばり、震える体を無理やり立たせた。
「……まだ終わってない。」
弓が白金の閃光を放つ。
「秘技――《夜明け、コルミリアの旋風》!」
魔力の矢の雨が空に炸裂し、光の群れが天を覆う。
その圧力に、敵は思わず後退した。
崩れた柱に背を預けていたヴェルが、その隙を見て笑みを浮かべる。
「よくやった、リシア……次は私の番だ。」
彼女は立ち上がり、手にしていた大槌を手放す。
瞼を閉じた瞬間、澄んだ青緑色の輝きが彼女を包み込み、腐敗を切り裂くような純粋な魔力が空気を震わせた。
「――《ユニコーンプリンセス・フォーム》……ティール!」
翡翠と銀の光の破片が爆ぜ、彼女の鎧が再構成されていく。
曲線を描く美しい装甲が体を包み、星型の宝石がはめ込まれた輝くコルセット、翼のように鋭い肩当て、長く光る角を飾った兜。
髪はアクアマリンの奔流のように舞い、周囲には光の花びらが浮かんだ。
その魔力の共鳴は、ジオですら身震いさせた。
ヴェルが目を開ける――そこには穏やかでありながら猛るティールの輝き。
「この王国のために……そして、私が愛するすべての人のために……」
両手を掲げると、足元にユニコーンの紋を描いた魔法陣が浮かび上がる。
「――《ユニコーン・スターインパクト》!」
純粋なティールの光槍が生まれ、大地を風のように貫き、爆発的な衝撃波となってジオを炉の中心へと吹き飛ばす。
エルワが割って入ろうとするが、リシアが《裁きの矢・ユグドラシル》を放ち、その力をヴェルの一撃に重ねた。
光と風が融合し、嵐となって敵を飲み込む。
ジオが悲鳴を上げ、エルワも吹き飛ばされた。
炉心が震え……そして最後の閃光とともに崩れ落ちた。
煙の中から一つの影が現れる――
「どこへ行くつもりだ?」
黒いマントを翻し、リュウガが立ちはだかった。
赤い魔力の拳がジオを地面に叩きつけ、奔流の一撃がエルワの意識を刈り取る。
ヴェルは荒い息をつきながらも、まだ輝くユニコーンアーマー越しに炉の停止を見届けた。
「……やったわね。」
リュウガがうなずく。
「これで二つ目の柱が落ちた。」
リシアは弓を下ろし、微笑む。
「じゃあ……進みましょう。」
ヴェルはティールの姿のまま二人と並び、淡い光が廃墟を抜ける道を照らした。