第106章 – 断ち切れぬ絆(ラソス・ロトゥンドス)
プレティウムは剣をしっかりと握っていた。
その刃は青い炎のエネルギーに包まれ、胸は激しく上下していた。
その視線の先、宙に浮かぶのはロアン――
蝙蝠のような漆黒の翼を広げ、
黒地に紅の縁を持つドレスが、逆さまに燃える炎のように揺れていた。
その赤い瞳は、影の中で妖しく輝いている。
挑むような光。
それでいて、どこか――懐かしさを宿していた。
「……変わったわね」
ロアンの声は、ささやくように柔らかかった。
「かつての狂気は消えた。
……今のあなた、まともすぎてつまらない」
「お前は……相変わらず残酷だな」
プレティウムは口元の血を拭い、目を逸らさずに言い返す。
「お前にとって、壊すこと以外に意味はないのか」
「……分かってるでしょう?
あなたも、かつてはその世界の一部だった」
「……だったな。だが――もう違う」
その瞬間、ロアンの目に怒気が走る。
翼を広げ、言葉の代わりに刃の舞が始まる。
**
初撃は鋭い轟音と共に空気を裂いた。
剣と闇の爪が激突し、石の破片が舞い上がる。
空気そのものが震え、圧力により空間が歪む。
プレティウムの剣技は緻密で、まるで軍の訓練のように無駄がない。
それに対し、ロアンの動きは制御された混沌。
優雅でありながらも殺意に満ちている。
その戦いは、死を描く舞踏のようだった。
遠くから見守るリュウガ、ナヤ、ヴィオラ。
言葉はなく、ただ見つめていた。
「……言葉なんて要らないのね」
ヴィオラが静かに呟く。
「まるで……互いを殺すためだけに踊ってるみたい」
「殺し合うの?」
ナヤが不安げに問う。
リュウガは首を横に振った。
「いや……壊し合うんだ。互いのすべてを」
**
「アイギス・イグニトゥス!!」
プレティウムが咆哮し、剣に青い業火をまとわせる。
「アビス・ブルーム!」
ロアンが応じ、身体に棘のような闇を纏う。
爆音と共に地面が裂け、二人の体が弾かれる。
衣服は裂け、傷は増え、それでも――退かない。
「……なぜ、私を憎まないの……?」
ロアンが叫ぶ。声には怒りよりも――涙の気配があった。
「私は……あなたを裏切ったのに……!」
「……心のどこかで、まだお前を覚えている。
堕ちる前のロアンを――」
「私は……戻る気なんてない」
「なら、思い出させてやる」
互いに、最終技を発動する。
プレティウムの剣が霊炎とルーン文字の渦に包まれる。
「絶対斬:審判の焔!」
ロアンの体が紅い闇の波動に包まれ、翼と爪が拡張する。
「深淵冠:終の華!」
二つの力が、空間を砕く勢いで激突する――!
**
爆発が空を照らす。
轟音が空気を押しのけ、廃墟の骨組みが軋む。
ナヤはリュウガに盾を展開し、
ヴィオラは身を低くして衝撃を堪える。
そして――
静寂。
**
クレーターの中心。
煙と灰の中に、二つの影。
ロアンは膝をつき、翼の一枚が砕け、肩で息をしていた。
プレティウムはまだ立っていたが、片膝を地につき、剣は半分に折れていた。
血にまみれた二人。
震えながらも、微笑んでいた。
「……引き分けか」
プレティウムが苦しげに笑う。
「……想定外ね」
ロアンも同じく息を切らしながら返す。
「でも……少しだけ、あなたが面白く見えてきた」
「じゃあ……降参するか?」
「……しないわ。でも、これ以上は……戦えない」
沈黙。
やがて――ロアンが手を差し出す。
プレティウムは一瞬迷い――その手を握った。
「……何も変わらないわよ」
ロアンが微笑む。
「でも……本気で戦ってくれて、ありがとう」
「……殺さないでくれて、ありがとう」
三人がゆっくりと近づく。
戦いは終わった。
だが、勝者も敗者も存在しなかった。
ただ一つ――
かつての絆が、わずかに戻っただけだった。
ロアンは撤退の術式で影の中に消える。
プレティウムはその場に膝をついた。
「……大丈夫か?」
リュウガが声をかける。
「……ああ。でも……勝ったのか、負けたのか、分からない」
「生き残った」
ヴィオラが静かに言った。
「それだけで、十分な答えよ」
リュウガの通信機が音を鳴らす。
《区域クリア。副源・暗黒エネルギー中和完了》
リュウガが空を見上げた。
この戦いは、まだ――終わらない。