第105章 – 恐怖の顕現(アセンソ・デ・ロス・オロレス)
エネルギー区画の壁は震え、柱が爆ぜ、天井がひとつ、またひとつと崩れ落ちていく。
ヴェルとリシア、そして正体不明の双子――ジオとエルワとの戦いは、彼女たちの想像を遥かに超える局面に差し掛かっていた。
ジオは不敵に微笑み、優雅なローブについた埃を払う。その手に持つ細剣は、黒いエネルギーをしたたらせていた。
隣に立つエルワは、まるで壊れた人形のように頭を傾けながら、灰のように白い指先で両刃の短剣をくるくると回していた。
「……退屈だな」
ジオの声は冷たく、切れ味のある刃のようだった。
「人間の抵抗ってのは……こんなものか」
「ねぇ……もうフェーズ2、やっちゃっていい?」
エルワの口調は無邪気で、しかしどこか死を嗤う者の声だった。
ヴェルとリシアは互いに目を合わせる。
すでに彼女たちの体力は限界に近かった。
ヴェルの紅い騎士装甲にはひびが走り、呼吸は荒い。
リシアの弓はすでに弦が切れ、即興で光の矢を具現して応戦していた。
「何をしようとしてるか知らないけど――」
リシアが歯を食いしばる。「やらせるわけない」
「そう言った連中、全員沈んだけどね」
ジオは口の端を歪ませ、意味深に笑った。
その瞬間だった。
彼らが腕を胸元で交差させた瞬間――その美しく仕立てられた服は、傷ではなく自らの意思で破けていった。
そして現れたのは、人ではない姿だった。
ヴェルの心臓が跳ねる。
後ずさりしながら、呟いた。
「……なっ、何だと……?」
ジオが咆哮する。
その声はもはや人ではなく、獣そのもの。
肌は漆黒に染まり、まるで黒曜石のように硬化する。
顔は異形に伸び、牙を剥いた仮面のように歪み、背中からは羽とも棘ともつかぬ器官が伸びていた。
一方のエルワは、開花する毒花のように変貌する。
体が開き、腕は複数に分かれ、指先は鋭く伸びる。
顔には複眼が浮かび、蛇のような二叉の舌が唇の上を這う。
その体を覆う衣装は、今や脈打つ生きた鎧。
「……お前たち、一体何なんだ……」
リシアが声を震わせながら尋ねる。
「変異の先触れ(ヘラルド)さ」
ジオの異形の口から、地響きのような声が漏れる。
「痛みの進化を護る者たち」
エルワはただ、氷のような笑いを響かせた。
――ぞっとするような、魂を凍らせる笑い。
「ヴェル、危ない!」
リシアが叫ぶ。
だが――遅かった。
ジオが一閃で迫る。
その剣――もはや剣ではない。
右腕から変形した黒き鎌のような刃が、ヴェルの腹部を貫いた。
彼女の体が壁まで吹き飛ばされ、壁が完全に崩壊する。
リシアは反撃の光矢を放つが、エルワが天井から飛び降り、鞭のように伸びる爪で三連撃を浴びせる。
肩から血が噴き、彼女は割れた水晶の破片の上に倒れ込んだ。
「ダメ……こんなところで……終われない!」
ヴェルが、震える手で剣を支えながら立ち上がろうとする。
だが、ジオは彼女の上に立ち、無慈悲な蹴りを何度も叩き込んだ。
一撃ごとに、骨が軋む音が聞こえる。
「“小さな紅い姫”――おとぎ話の終わりって、こういうもんだろ?」
ヴェルは血を吐きながらも、睨みつける。
「……私たちは……まだ……終わってない……」
ジオが刃を振り上げ、トドメを刺そうとしたその瞬間――
光の球体が降下する。
通信ホログラム。
リュウガの声が、戦場を貫いた。
「ヴェル、リシア。あと少しだ、俺たちが行く!――耐えろ!」
ジオの歪んだ顔に、狂気の笑みが広がる。
「ふふ……そうか。なら――来るがいい。
……まだ、俺たちは――終わってないからな。」