第104章 – 仮面の裏の顔
風は、ようやく静まった。
遠くに見える“灰色の世界”に支配された街は、まるで沈黙そのものに包まれていた。
あまりにも――不自然な沈黙。
ウェンディ、アイオ、アン、リーフティ、アズ――
五人の少女たちは、廃墟となったビルの屋上に立ち、街を見下ろしていた。
通りにはもう市民の姿はなく、叫び声もない。ただ、重く刺すような空気が彼女たちの肌を打っていた。
「……もう終わったの?」
アイオが細めた目で尋ねる。
「分からない……でも、この静けさ……何かが違う」
ウェンディが、遠くの空を見つめながら応じた。
「これは……作られた沈黙よ」
その瞬間――直感は現実となった。
空を裂くように、漆黒の雷光が四条、一直線に襲いかかった。
ビルの端が吹き飛び、全員が反射的に飛び降り、次の屋上へ着地する。
「な、何あれ!?」
アズが即座に防御魔法を展開しながら叫ぶ。
そして、それは現れた。
崩れた柱の上に立つ一人の男。
闇色のスーツに身を包み、風にたなびくマント。
顔は白い仮面に覆われ、口元も見えず、額には古代の紋章。
その奥に輝く赤い目が、全てを見下ろしていた。
「まさか……」
ウェンディが一歩後ずさる。
アンの胸に、不安の波が走る。
アイオはこめかみを押さえ、苦痛に歪む。
そして――記憶が流れ込む。
思い出せないはずの風景。聞いたことのない声。
だが、なぜか馴染みのある感覚。
全員の心に、同じ言葉が浮かんだ。
――ヨル(Yeol)。
「随分と時間が経ったな」
その男が、深く、威厳に満ちた声で語る。
「だが……お前たちは、変わっていない」
「……あんたが……誰?」
ウェンディが拳を震わせながら問う。
「お前たちの悲劇の起源。そして……真の創造主だ」
男はゆっくりと空中を歩くように柱から降り立つ。
「私はヨル。灰色の世界の支配者だ」
少女たちは言葉を失った。
「そんな……!」
アンが頭を抱え、叫ぶ。「夢に出てきた……あんたは……!」
「……私たちを利用した……」
アイオが震える声で呟く。「世界の形さえ、嘘だった……全部、あんたの仕組んだことだったのね……」
リーフティは驚愕に目を見開き、
ウェンディはその場に膝をついた。
なぜかわからない涙が、頬を伝っていた。
「……あなたが……私たちを……こんなふうにしたんだ」
ヨルは両手を広げる。
「お前たちは、ただの少女ではなかった。
私が設計した――完璧な兵器だった。
美しさ、力、そして従順さ。
だが覚醒してしまった……。計画は失敗した……
いや、進化の第一段階だったのかもしれんな」
ウェンディが、ゆっくりと立ち上がる。
その瞳には、かつての迷いはなかった。
「違う。
私たちは兵器なんかじゃない。人間よ。
母として、姉として、娘として――生きてる。」
ヨルは小さく頷く。
「興味深い……ではなぜ、未だにお前たちの中で
私の血で封じたエネルギーが燃え続けている?」
その言葉と共に、彼の目が強く輝き、
黒きオーラが爆発のように広がった。
アンとアイオが反射的に魔力を解放。
リーフティとアズが彼女たちの前に立つ。
「……これは正すべき過ちだ」
ウェンディが銃を構え、真っ直ぐにヨルを狙う。
「たとえお前が作ったとしても――もう、私たちは誰にも支配されない!」
「ふん……砕かれた魂で、私に勝てると思うか?」
ヨルが天を指差す。
すると、空に巨大な黒槍が現れ、純粋な闇を纏って回転を始める。
「構えて!」
アズが絶叫し、屋上全体に結界を展開する。
――彼は、ただの敵ではない。
これは、彼女たちの原点。過去。すべての苦しみの根源。
そして今――
名を持つ敵が現れた。
その名は、ヨル(Yeol)。
容赦はしない。