第102章 – 緋の刃、鋼の意志
戦いは予定を大きく超えて続いていた。
エネルギー施設の中央区画、その金属質な室内には、剣戟の音が反響し、壁面の発電機が低く唸っていた。
アイオンとリエル、共に騎士の鎧を身にまとい――アイオンは赤の闘牛の鎧、リエルは緑の闘牛の鎧を纏い――剣を構えたまま、息を荒げていた。
目の前の敵は、漆黒の双剣を自在に操る謎の剣士。
その剣士は一言も発さず、まさに殺意の化身だった。
無駄のない動き、機械のような正確さ。まるで二人の動きを先読みしているかのように、完璧に対応してくる。
数分間、アイオンもリエルも、決定的な一撃を与えることができなかった。
「こいつ……」リエルが歯を食いしばる。「人間じゃないな」
「……ああ、違う」
アイオンの瞳が細まる。「あの森で見かけた……だが、あの時とは何かが違う」
剣士が地を蹴って接近、双剣を高速回転させながら突っ込んできた。まるで死の旋風。
アイオンが赤い盾で受け止めると、衝撃で床を滑り、火花が飛び散る。
「リエル、左!」
「任せろ!」
リエルが側面から斬りかかる。緑の剣が光を放つが、剣士は手首をひねり、寸前で軌道を逸らす。そのままカウンターの蹴りを放ち、リエルは壁に叩きつけられた。
「くっ……こいつ、隙を見せない…」
戦いは死の舞踏となった。アイオンは精密な突きを繰り出し、リエルは高速で動き回り、斜めから狙う。だが剣士は、まるで戦うたびに学習するかのように、動きがどんどん鋭くなっていく。
そのとき、異変が起こった。
一瞬だけ。
アイオンは見た――剣士の動きに、わずかな遅れ。ほんの数ミリ秒の空白。方向転換の時に、フレームのズレのような挙動。
「今だリエル!左側を頼む!隙が見えた!」
リエルは即座に飛び下がり、緑の剣にエネルギーを集中させる。
「行きます、師匠!」
アイオンは重心を下げ、剣士の回転斬撃を読み切り、その流れを利用して軸を回し――
ズバァン!!
剣を深々と敵の脇腹へ突き立てた。
バチッ!
青い火花が散る。
剣士の身体がよろめき、一歩退いた。
「今だ、リエル!」
リエルの剣が緑の輝きを増し、震えるほどの圧力を纏う。
「奥義――鋼糸断ち(こうしだち)!」
刃が一直線に振り下ろされる。
ザァァァァッ!!
一瞬の静寂――
剣士の身体が止まり、そして、真っ二つに割れる。
体内から流れ出たのは血ではなく、配線と金属板、そして青く脈打つエネルギーコアだった。
「オートマタ(機械兵)だったのか……!?」
アイオンが驚愕の声を上げる。
剣士の目が一度だけ点滅し――完全に沈黙した。
リエルは剣を下ろし、荒く息を吐いた。
「紙一重だったな……危なかった」
アイオンは静かに頷く。
「あれは人じゃない。戦うためだけに作られた機械兵……しかも学習型。隙を見つけなければ、こちらがやられていた」
重く張り詰めていた空気が一瞬だけ和らぐ。しかし、休んでいる暇はない。
「行くぞ」
アイオンが通信機を起動する。「こちらアイオン。敵は排除した。エネルギー区画は確保。そちらの状況は?」
数秒後、リュウガの声が焦燥混じりに返ってくる。
「異常発生中!“ロアン”という人物を確認。プレティウムが交戦中だ!全体が加速している!至急、集合地点へ向かってくれ!」
アイオンとリエルは視線を交わし――
「行こう。ここからが本当の戦いだ」
二人の騎士は迷いなく足を踏み出した。
金属の床に響く足音を残しながら、彼らはエネルギー室を後にする。
そこには、半壊したオートマタの骸だけが、静かに横たわっていた――
だがそれは、“灰色の世界”の支配者が作り出した、恐怖の始まりに過ぎなかった。