第99章 ― 泉の守護者たち(いずみ の しゅごしゃたち)
王国の中心部──
そこは、これまで見てきたどの区域とも違っていた。
崩れた大通りを越えて、ヴェルとリシアが進む。
建築物は奇妙に変形しており、曲線の柱が浮遊する構造を支えていた。
空中には魔力の結晶が脈打つように震え、建物の壁には純粋な魔力の線が静脈のように走っている。
そしてその中心にそびえるは、逆さにねじれた螺旋塔。
塔の周囲には紫のエネルギーが脈動し、生きているかのように波打っていた。
「……この場所」
リシアが弓を構えながら呟く。
「間違いないわ。あれが…主要な魔力源」
「なら悪いけど、止めてもらうわよ」
ヴェルが目を細める。
「壊してやる」
リシアは躊躇なく弓を引く。
矢じりには炎の魔力が宿り、彼女の視線と共に一直線に放たれた。
しかし──
キィィンッ!
矢は何かに弾かれ、空中で爆ぜた。
「!?」
空中に金属の閃光。
その直後、浮遊するプラットフォームから二つの影が降りてきた。
一人は、墨のように黒い長髪と黄金の瞳を持つ男。
その目は冷たく、正確で、見つめるだけで心を貫くような鋭さがあった。
身なりは銀の縁が入った黒い礼服。背には短いマントを翻し、完璧な所作で歩く。
その隣には、雪のように白い髪と紅の瞳を持つ女。
深紅の結晶のような装飾が施された、気品と死を纏うドレス。
歩くたびに空気が張り詰め、笑みの奥には冷酷な殺意がにじんでいた。
「ここまで来るとは驚かないさ」
男は静かに言った。
「だが、残念ながらこれ以上は通さない」
リシアは再び矢をつがえながら尋ねる。
「……で、あんたら何者?」
男は一礼した。
「我が名はジオ。彼女はエルワ。
我らは総督直属の守護者──
この泉の防衛と、侵入者の“排除”が任務だ」
「侵入者、ね」
エルワが微笑む。
「しつこい敵は嫌い。でも──遊べるなら話は別」
ヴェルが前に出て、不敵な笑みを浮かべる。
「ふーん、最初から気に入らなかったのよね。アンタたち」
その体が、紅蓮の光に包まれる。
ゆらめく炎が周囲を巡り、彼女の装いが一変した。
黒と深紅の軽装甲ドレス──
“紅蓮の姫(ぐれん の ひめ)”への変身。
髪が舞い上がり、両手に光る双刃。
「お姫様か……しかも爪付きとは面白い」
ジオが言う。
「“負けない姫”って呼ばれたいの」
ヴェルが応じる。
エルワは銀の曲刀を抜く。刃には古代文字が刻まれ、光のように揺れていた。
ジオもまた、細く長い剣を構える。その刃は光に溶け込むように滑らかで、殺意を隠していた。
リシアが跳躍しながら叫ぶ。
「ヴェル、白いのは任せた!」
「了解っ!」
ヴェルはエルワへと疾走した。
ジオは剣を掲げ、冷ややかに言う。
「さあ──その弓の腕、見せてもらおうか」
リシアは既に次の矢を構えていた。
ヒュン── カンッ! フォウッ!
戦いが始まる。
リシアは空間を縦横無尽に跳び、角度を変えながら次々に矢を放つ。
ジオはそれを無表情で受け止め、時にかわし、時に弾きながらも、徐々に後退していく。
一方、ヴェルとエルワの戦いは近接戦の極みだった。
姫の双刃が斬りつけ、エルワの曲刀がしなやかに受け流す。
まるで舞踏のように──優雅で残酷な死のリズムが続く。
「ふふ……予想以上ね、プリンセス」
エルワが口角を上げる。
「まだ始まったばかりよ」
ヴェルが旋回しながら刃を繰り出す。
「これからが本番!」
戦場の周囲では、空中の結晶が震え、
塔の心臓部にある“泉”が、二人の戦いに呼応するかのように共鳴していた。
そして──
この戦いの結末は、王国の運命を揺るがすことになる。