第98章 ― 総督の筋肉(そうとく の きんにく)
カグヤは静かに進んでいた。
古びた大通りの残骸の上を歩き、その足音は遠くのドローンの音や爆発音と混じりながら消えていく。
変身もせず、強化スーツもなし、仲間もいない。
ただ、自分の直感と冷静な判断力、そして戦士としての鋭い本能だけが武器だった。
立ち止まる。
彼女の視線の先、崩れた交差点の向こうには──黒く、異様にそびえ立つ構造物があった。
空中に浮かぶ紫の結晶、中心部から脈打つように灯る光、そして塔のように屹立する建物。
「……あれが」
カグヤは目を細めて呟いた。
「これが“王宮”…って呼べるのかしらね」
通信機を取り出し、リュウガに連絡を送る。
「リュウガ、こちらカグヤ。怪しい建物を発見。中心施設の可能性が──」
しかし返事はない。ただ、雑音だけが返る。
「……また繋がらないのか。まったく、肝心な時に限って…!」
舌打ちして、暗号化された短文メッセージを送る。
その瞬間──
ドォオオォォンッ!!
右側の壁が爆発した。
瓦礫、火花、煙が一斉に舞い上がる。
カグヤは本能で横に跳び、間一髪で直撃を回避した。
「ぐっ……!」
腹部を押さえながら立ち上がる。負傷はしていないが、衝撃波で全身が痺れていた。
そして──
煙の中から現れたのは、“人”ではなかった。
巨大な肉体。膨れ上がった筋肉は岩のように固く、その姿はまるで動く山。
全身にぴったり張りつく黒い戦闘スーツ。銀色の髪。目は血のように赤く、笑みは獣のように狂気を帯びていた。
「ついに会えたなァ……蒼き影、カグヤよ!」
カグヤはすぐに構えを取る。
「……で、あんたは何者?」
男は首と肩をゴキゴキと鳴らす。その音は大砲のように響いた。
「名はフォルテ。テオ総督直属部隊の幹部の一人だ」
「わざわざお出迎えとは、光栄ね」
カグヤが皮肉を返す。
しかし次の瞬間、フォルテは一歩前に出た。
ズシンッ!
その足音で地面が割れた。
「勘違いするな。
これは“歓迎”ではない。
これは、お前の──“処刑”だ」
「へぇ、それはどうも」
カグヤの表情に、わずかに笑みが浮かぶ。
だがその目は鋭く、恐れは一切なかった。
「なら、やってみなさいよ。力だけで勝てるならね」
フォルテの全身に、紫のエネルギーが渦巻く。
筋肉はさらに膨張し、彼の存在自体が圧力の塊のようだった。
だが。
カグヤも、前へと一歩を踏み出す。
「──その筋肉。どれだけ“意味がある”か、試してあげる」
戦の火蓋が、今、切って落とされた。