第97章 ― 荒廃と過去の残響(ざんきょう)
リュウガの一行は、テオ王国の裏通りを決意を胸に進んでいた。
周囲には破壊された建物、折れた像、垂れ下がる電線、そして壁に埋まる魔力結晶がちらつき、荒廃の証が広がっていた。
「かつてここは重要な場所だったのかもしれない」
ナヤが冷静に呟いた。廃墟と化した監視塔の基盤を見て。
「エネルギー供給網…だったのだろう。今はただの金属の墓だ」
ヴィオラが槍の先端で地面を突きながら応えた。
リュウガは通信装置を掲げ、モニターの青い光が眼に映る。
「ヴェル、聞こえるか?」
すぐに応答が届いた。
「こちらヴェル。発見だ。外郭地区にエネルギー源がある。破壊すれば防衛システムが大きく揺らぐかもしれない」
「了解。気をつけて行動を。こちらも進む」
「気をつけて、リュウガ…」
通話の末尾で、リシアの声が静かに告げられた。
一行が倒壊した回廊を進むと、そこに一人の人物が座っていた。古びた手すりに腰掛け、地面へ石を投げている。
「…プレティウムか」
リュウガは眉を寄せて言った。
「…プレティウム…」
ナヤが小声で繰り返す。
ヴィオラは冷笑交じりに呟いた。
「またプロトコル破壊か。いつもの君か」
プレティウムは微笑むが、否定もせず。
「偶然通っただけだ。ドローンをハックし、障壁を無効化──日常だよ」
「日常だと…?」
リュウガが一歩前に出て問い詰める。
「どれだけ多くの命が懸かっているかわかっているのか! いい加減にしろ!」
そのとき、空気が走るように動いた。
「危ない!」
ヴィオラが叫び、全員が反射的に避けた。
見上げると、瓦礫の建物の端に一人の女が佇んでいた。
長く白銀の髪が風に揺れ、紅の瞳が不気味に光る。
黒と赤のドレスに、蝙蝠のような翼を広げたその姿は美しくも危険だった。
「ほう…興味深い顔ぶれだね」
その女は鋭く微笑んだ。
リュウガが目を細める。
「君は…誰だ?」
だが返答は、プレティウムからだった。
「Loane…(ロアン)だ」
Loaneは軽く微笑み、崩れた塔から舞い降りる。
「覚えてくれてるのね、プレティウム。光栄だわ。
で、この方々は? …友達ができたの?」
冷たく問いかけるLoaneに、プレティウムは冷然と答える。
「違う。これは変動要素だ」
Loaneは軽やかに踵を返し、優雅に近づきながら言った。
「残酷だわ…でもね、あなたには合ってる。
私を消しておくべきだったのに」
リュウガはLoaneの放つ不穏なオーラに気付きつつ、プレティウムを見る。
「…彼女は?」
プレティウムは静かに続けた。
「昔の影だ。僕が消すべきだった過去だ」
Loaneは長い爪に黒紅の魔力を宿らせ、含むように笑った。
「私、誓ったの。あなたを引きずると。
だから今、試すわ」
そう言いながらクルリと回る。
「じゃ、ワルツをはじめましょう」
Loaneのその言葉に、緊張が走る。
プレティウムは目を閉じ、刀の柄をしっかり握った。
戦いが、始まろうとしていた。