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作者: Blanche


けたたましく鳴るチャイム

校庭から聞こえてくる笑い声

廊下を走っていく足音


嫌いな音たちに邪魔をされながら、ぺらりと頁をめくる


一度邪魔され現実に引き戻されてしまったおかげで、先程までの大自然も中世ヨーロッパの街並みも綺麗さっぱり消し飛んでしまった


頁をめくったものの、文字はただの記号と化してしまい、パタリと本を閉じる


窓から差し込む光が暖かくて眩しくて、目を細める

全てを焼き付くしてくれそうな夕焼けをぼんやり眺めて、帰り支度をすませた



「羽流、おかえり」


玄関のドアを閉めたと同時に聞こえてくる母さんの声にただいまと返して自分の部屋へ向かう


荷物を床に放り投げ、制服のままベッドへ転がりぼんやりと天井を眺める


明日も明後日も、その次の日も、ずっと、ずっと同じ毎日の繰り返し

不幸せなんかじゃない、だからこそ、明日を生きたくないと思うことへの罪悪感が重くなる


今日も上手に話せなかった

今日も上手に笑えなかった

今日も誰にも理解してもらえなかった

上っ面の友達が欲しいんじゃない

席を外したら途端に悪口を言い出す関係を友達だなんて呼びたくない

ただ、ただ、いっしょに楽しい時を過ごして、なんでもないことで笑いあって、理解し合おうとしてくれる人に出会いたいだけ


ぐちゃぐちゃと回る思考から逃げるように瞼を閉じる


どうか、どうか、目が覚めたら、この息苦しい社会から少しでも離れられていますように


明日は溺れず生きられますように




.

.

.




「……て、おきて、おーい、起きてってば」


誰かの声と体を揺さぶられる感覚で意識が浮上する


「あ!やっと起きた!」


何度か瞬きをして声の主を捉える

オレンジに近い金髪の澄んだ青い目をした少年がこちらを見下ろしていた

誰だろう、知り合いにこんな特徴的な見た目の人はいない

そもそも自室のベッドに転がったはず……

寝起きのぼんやりしていた頭が一気に覚める

急いで体を起こし辺りを見渡せば、真っ青な海と青空と白浜が広がっていた


「どこだここ……」


異世界、と一瞬よぎったが、現実逃避を願って寝たら異世界でしたなんてさすがに都合が良すぎる

夢だと思い直し頬を抓ってみた

痛い


「はじめまして!君はどこから来たの?どうしてここで寝てたの?名前は?それとその足!君は人間なの?」


驚き慌てる自分を他所に、金髪青眼の少年は怒涛の質問を投げかけてきた

聞きたいことが山ほどあるのはこちらの方だ


「はじめまして、生憎答えられそうな質問はないよ、それよりここはどこ?」


「僕の質問全部無視!?」


彼の質問を流して問えば、目を丸くして頬を膨らませる


「君の質問に答えてあげるから、僕の質問にも答えてよね!」


頷けば、金髪青眼の少年はむくれた表情から一転笑顔になった


「ここは海の星唯一の陸地!こちらの海は僕の故郷!」


少年は得意げな表情で両手を広げる


海の星?海が故郷?


答えをもらったのに不思議が増えてしまった


「次は君が僕の質問に答える番だよ!」


続けて質問する前に少年に先を越されてしまった


「名前を教えて!それと君は人間なの?」


先程はいきなり知らない場所にいた混乱で聞き間違えたのかと思ったが、本当に人間かどうか問われていたらしい


「羽流、人間、のはずだけど」


「はる!やっぱり人間なんだね!」


簡潔に答えれば、少年は目を輝かせ距離をぐっと詰めてきた


「じゃあその足は本物なんだ!あ、僕の名前はツバサっていうんだ、よろしくね!」


どこからどう見てもツバサも人間だけど……

と口から零れそうになってハッとした

なんだかんだで受け入れていたが、夢でもないのにいきなりこんなところに来て、誰だかもわからない言動の不思議な少年に質問攻めにされている

こんな状況、現実離れしすぎじゃないか

まるで、いつも読んでる本のような、物語のような展開……


まあ、現実よりマシだからなんでもいいか、


耳障りな嘲笑も悪口も怒鳴り声も聞こえない

聞こえてくるのは波の音と鳥の鳴き声だけ

青空を遮るビルもここにはなさそうだった


海の星というものの唯一の陸地は、とっても小さくて狭いようで、見渡せば反対側の岸まで見えた


「小さいなって思った?」


まるで心を見透かしたようにツバサが言う

驚きつつも頷くと、ツバサはふはっと笑った


「これぐらいが丁度いいよ!」


それより、とツバサは言葉を続ける


「人間について教えてほしいんだ!いい?」


まるでツバサ自身は人間ではないような物言いに首を傾げる


「ツバサは人間じゃないの?」


ずけずけ踏み込むのは得意ではないのだが、まあ、初手で怒涛の質問を喰らったしお互い様ということにしてほしい


ツバサは眉尻を下げて笑う


「僕は、人魚なんだ」




.

.

.




人魚……!?


思わずツバサの足を見る

そこには人間と同じ二本足があった


あはは、とツバサは笑い声をあげる


「そんな顔しないで、嘘じゃないよ」


はーあ、と笑い収めたツバサの青色の目がじっとこちらを捉えた


「実際に見てもらった方がわかりやすいよね」


ツバサはそう言って手を引く

待ってという静止の声も虚しく、どんどん海へ向かって歩いて行く

ざぶざぶと音を立てながら膝下が海に浸る


どれだけ声をかけてもツバサは止まってくれない


海が腰まで呑み込んで、顔近くまで迫ってくる


「待ってってば、!溺れちゃうよ!」


「大丈夫!絶対死なせないから!」


滅多にない声量をだしたのに、根拠のない大丈夫に負けた


ツバサは歩みを止めず振り返って笑う


「せーの!」


何の合図かもわからない掛け声と共にぐっと水中に手を引っ張られた


水中にいるとき特有の音の篭もり具合と息が出来ない感覚にぎゅっと目を瞑る


「目を開けて、ほら見て!」


海の中なのに、何故かツバサの声は陸にいるときと変わらず聞こえた


恐る恐る目を開ける


「ね!人魚でしょ?」


得意げに笑うツバサの足は、水の中に差し込む光を反射する鱗に覆われていた

耳も人の形と違ってヒレのようになっている


ぐるっと一周泳ぐ彼は息をするのも忘れるぐらい美しかった


まあ、水中だから息はできないけれど


十何年生きていた中で、いちばん美しい景色はと聞かれたら今この瞬間の景色を答える


それぐらい、尾ひれの鱗を輝かせて楽しそうに笑うツバサと、どこまでも青く広がる海を水中から眺める光景は美しかった


いつまでもこの美しい光景に浸っていたかったのだけど、息苦しさがいきなり現実に引き戻す

視界がだんだんぼやけて黒いモヤがかかる


キーンと耳鳴りが聞こえてきたと同時に、ぐいっと手を引かれた


ざぶんと大きな音がなると同時に、肺に酸素が流れ込む


「あっぶなかった!人間は水中じゃ息できないの忘れてた!」


絶対死なせないと豪語してたのはどこのどいつだ、と頭の中で文句を垂れながら、呼吸を整える


大丈夫?と心配そうにこちらを覗き込むツバサに、片手をあげて大丈夫だと返す


「よかった、じゃあ陸に戻ろう」


来た時と同じように、ツバサが手を引いて歩き出す


「どう?人魚ってこと信じてくれた?」


こちらを振り返り笑う彼に頷くと、ツバサは満足そうに笑った


「陸にいるときは足になるし、海にいるときは尾ひれに戻るよ!」


陸がこんな小さくて、地球ですらなくて、寝てたら突然飛ばされる世界なら、人魚がいて足と尾ひれが入れ替わっても不思議じゃないか

大好きな本の中の世界もいつだって常識から外れていて自由だし


自分でも驚くほどすんなり現状と、目の前の人魚兼人を受け入れてしまう


夢の一言で片付けるには惜しいあの光景を、脳裏でもう一度再生する


「綺麗だった」


ぽつりと零した声にツバサが振り向く

もともと丸くて大きな目をさらに丸くして、それから、ゆっくりとうれしそうな、照れくさそうな笑顔に変わる


「ありがとう」




.

.

.





ぼんやりと空を見上げながら、白浜に寝転がる

ツバサも同じように隣に転がった


プールの授業の後のような倦怠感と眠気が襲ってくる


「はる、眠いの?」


ツバサの声がぼんやり聞こえてくる

うん、だか、ああ、だかわからない空返事をして、抗えない睡魔に引っ張られるよう、意識を飛ばした




再び意識が浮上して、視界に映ったのは見慣れた自室の天井だった


ずぶ濡れだったはずの服も髪も体も、水滴の一つも付いてない


やっぱり、夢、だったのかな


はあ、とため息をついて寝返りをうつ


もう一度目を閉じて、海の中を自由に泳ぐツバサの姿を思い出す

何度も思い返して忘れないようにしなくては


夢の中の空も海もあんなに広いのに、現実はあまりにも狭くて、不自由で、苦しくなる

もう一度あの夢を見たいという気持ちと、現実に引き戻すなら自由な夢なんて見せないでくれという気持ちの板挟みで溺れる


明日も明後日も学校と家を往復する繰り返し


できることなら、ずっと夢の中にいたい、自由な夢の中で生きたい


はは、と乾いた笑い声が静かな部屋に響く


おかしいな、ここは水中じゃないのに、

潜っていたあの時より、ずっと息苦しい


眠ったらもう一度あの世界に行けるのでは、なんて希望を打ち砕くように、さっきまでいた気を失う程の睡魔はどこかへ行ってしまった


目を瞑っても、何度寝返りを打っても、波の音を流してみても、眠りにつくことが出来なかった




いつものように機械的に学校生活を終え、帰路に着く




『あいつは30点、隣の女は合格』


『よくあの顔で外歩けるよね、整形すれば?』


『3人仲良しだとか信じちゃっておもしろいよね、はやく嫌われてることにきづけばいいのに!仲良しごっこいつまでやる?』


『合コン!?私も行く!彼氏?あー、バレなきゃだいじょぶでしょ!』


イヤホンを忘れたおかげで、今日は嫌いで不愉快な醜い部分を直視しなければならない、控えめに言って最悪だ


この世界は真っ黒で残酷で胸糞悪くなきゃ生きられないのか?


たくさんの人がわいわい誰かと帰る中、一人歩く速度を上げる

一秒でもこの最悪な時間を短くするように、1cmでも嫌いな場所から離れるように、アスファルトを睨み付けながら足を動かした



自室のドアを開け、荷物を床に放り投げる


疲れた


あの後一睡も出来なかったせいか、睡眠不足ゆえの目眩が襲ってくる


もし、神様がいるのなら、もう一度あの夢を見せてくれないか


ベッドに身を投げ、信じてもいない神様を都合のいいように使って瞼を閉じる


この世界の醜い騙し合いとは無縁なあの場所へ、もう一度連れて行ってくれないか


祈るように手を組んで、襲ってくる眠気に縋った




.

.

.




「…る、はる!起きて、はる!」


名前を呼ばれた気がして、目を開ける

視界いっぱいに青が広がる


ああ、めずらしく祈りが届いたみたいだ


「はる、また来てくれたんだね!」


嬉しそうに笑うツバサを見て、ふはっと笑い声が零れた

驚いて口元に手を当てる


「はるが笑った!?」


「っ、これは、違くて、だって会って二度目だし、何も知らないのに、そんな、にこにこで出迎えることあるんだって、なんかおもしろくなっちゃって、」


必死で弁明すると、ツバサはお腹を抱えて笑いだした


「あはは!そんな必死で話さなくても、」


ひい、はあ、と喋るのも困難なぐらい大笑いするツバサに、ムッとする

そんなに笑わなくたっていいじゃないか


「まって、拗ねないで、はるも笑うし言い訳するし慌てるんだって思ったの!」


人のことをなんだと思ってるんだ、と返せば、ツバサは腕を組んだ


「だって、はるってば、表情筋生きてるか不安になるぐらい動かないし、頷くか一言返事だったんだもん」


たしかに、もう一度この世界に来ることが出来て、気分が良くなっているらしい

自分の口から笑い声が零れたことに驚くぐらい、久々に笑った


「ねえ、今日はお互いのことたくさん話そうよ!はるのことたくさん教えてほしいんだ!」


ツバサは目を輝かせて手を握った


「わかった、いいよ、たくさん話そう」


そう応えれば、ツバサはやったあ!と文字通り飛んで跳ねて喜んだ

そのまま手を引いて、近くの岩場に座る

足先がほんのり波に掠る


やっぱり気分が良くなっているみたいだ


いつもなら他人に、ましてや出会って二日目の人に、自分のことを話すなんて絶対しないのに



その後はひたすらお互いの話をした

太陽が傾いて、空が橙色に染まるまでひたすら話した

好きなもの、誕生日、年齢、他にもくだらないことをたくさん伝え合った

それから、ツバサは海の星について教えてくれた

海の星の生き物は、人魚と魚だけらしい

人魚も数が少なく海も広いおかげであまり関わらないそうだ

ツバサは魚以外とこんなに話をしたのは初めてだと嬉しそうに話していた


眩しさを感じて目を細めて、やっと太陽が沈みかけていることに気づいた

すごく長い時間話していたことにも気づいた

あっという間だった、誰かと話していると時間が過ぎるのって早いんだな……


ふと時間を意識した瞬間、前回と同じように抗えない睡魔が襲ってきた


霞む視界の中でツバサが笑った気がする


「おやすみ!またね、はる」


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