57話:俺の意見と全く一緒
現実世界――
都内某所、公安本部の会議室。
長机を囲む幹部たちの視線が一斉に青島に注がれる。
空気は重く、時計の針の音さえ響くようだった。
青島「――以上が、電柱氏から得た情報です。」
「……夢を見せる玉?」
「荒唐無稽だな。公安がオカルトを扱うのか?」
ざわめく空気を押し切るように、青島は静かに口を開く。
青島「馬鹿げているのは承知しています。しかし、私は実際に“見た”のです。ただの幻覚では片づけられない映像でした。」
「その映像とやらに、何が映っていた?」
青島「“フルグラ創設者”とおぼしき人物です。そして、ゼロにつながる可能性が高い情報が散見されました。」
「証拠はあるのか?」
青島「ありません。……ですが、待っていても向こうは動きます。名前しか分からなかったゼロの唯一の情報です。」
幹部たちは顔を見合わせ、しばし沈黙。
やがて、彼らの一人が深く椅子に背を預けた。
「――いいだろう。非公式での調査を許可する。ただし公然と動くことはできん。責任はすべて、君が負え。」
青島「承知しました。」
「……青島。電柱氏とはイナズマ戦隊デンチュウジャーのことだな。君はデンチュウジャーの一員になったのかね?」
青島「私ごときがデンチュウジャーの一員などと、末席に加わるだけでも烏滸がましいです。」
会議室に沈黙が戻る。
書類の擦れる音と、椅子の軋む音だけが響いた。
「下がれ。時間はない。動け。」
青島「はっ。」
深く一礼し、会議室を出る。
廊下に出た瞬間、青島は小さく息を吐き、表情を引き締めた。
青島「(――フルグラ創設者。ゼロ…必ず阻止しますよ、世界の再構築なんて。)」
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都心にそびえるガラス張りの高層ビル。
日本一のMMOメーカー「グラ・オンライン・エンタテインメント本社」。
今や「日本一のMMO帝国」の中枢。青島と2人(赤島・黄島)の部下の姿があった。
青島「……フルグラを立ち上げた初期メンバーは、全員が今や重役や幹部。その功績を誇示するかのように、ロビーには“開発当時の写真”まで飾られていますね。」
赤島「でも、一人だけ顔が消されてるんですよね?」
青島「えぇ。ゼロを生み出した、唯一の技術者。公式記録からも社史からも、きれいに抹消されています。」
――壁に飾られた集合写真。
幹部たちの顔は名前と肩書付きで紹介されているが、中央にいたはずの一人だけが“影のように塗りつぶされて”いた。
黄島「……まるで、存在そのものを隠してるみたいだ。」
青島「公安のデータベースにも痕跡がない。……意図的に、情報が消されているとみていいでしょう。今日はここまでにしましょう。」
本社ビルから喫茶店に移り今後の打合せを行う。
青島「おそらく正面からぶつかってもはぐらかしてくるでしょうし…」
赤島「ですね。当時の関係者を当たってみましょうか?」
黄島「むむむぅ。」
青島「どうしました?黄島。」
黄島「いえ、両方から攻めるのはどうかなと。僕らが本社を、青島さんが当時の関係者や元社員などを。」
青島「なるほど、なぜあなた方が本社を?」
黄山「正面から攻めるなら時間が掛かるからです。そして、僕らの方が軽んじてみてくれるでしょう。その間に青島さんが裏で調査した方が効率がいいし、僕らが隠れ蓑になれます。」
赤岡「おお!俺の意見と全く一緒!!」
青島「はぁ~、あなた方を見ているとなにかを思い出します…いえ、何もありません。その作戦乗りましょう。」
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後日、グラ・オンライン・エンタテインメント本社――
案内されたロビーで、場違い感に耐えきれず赤島が小声でぼやいた。
赤島「なぁ…俺ら、なんか場違いちゃう?スーツの群れに省エネスタイルって浮いてない?」
黄島「しかたないだろ、相手が油断する狙いなんだ。若手担当に丸め込まれるくらいが丁度いいんだよ。」
赤島「でも、受付の子ずっと笑顔で『こちらでお待ちください』って…逆に怖くない?」
広報部の若手社員がやってきた。
二十代半ば、営業スマイルを貼りつけたまま、まるで練習したセリフのように言う。
若手「本日は遠方よりありがとうございます。当社の歴史や実績については、ご存じの通り――」
次々に並べられるパンフレット。
「世界初のフルダイブMMO」
「ユーザー数3億人突破」
などの誇らしいコピー。
だが、赤島が目を細めて低くつぶやいた。
赤島「……おかしいな。」
黄島「ん?なにが?」
赤島「フルグラ初期メンバーの名前一覧。全部並んでるのに…一人だけ抜けてる。」
場が少し凍りついた。
だが若手社員は気づかぬふりをして、にこやかにお茶を置いた。
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古びた喫茶店の隅――
青島はコーヒーを頼んだまま、背筋を伸ばして待っていた。
やがて現れたのは、元フルグラ関係者を名乗る男。
痩せこけ、帽子を目深にかぶり、周囲を気にしながら腰を下ろす。
男「……誰に聞いた。俺の居場所を。」
青島「ご安心ください。警察ではなく、ただの民間調査です。」
男「……あれに関わるな。」
青島「“あれ”…フルグラのことですね?」
男の指がわずかに震え、カップを落としそうになる。彼は唇を噛み、声を絞り出した。
男「……あれは、もう人間が触れちゃいけないもんだ。」
青島は目を細め、手帳を開く。沈黙が、緊張感をさらに濃くした。
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若手社員「ええ、ええ。フルグラは十年以上経ちますが、初期開発メンバーは今も全員ご健在でして。皆それぞれ重役としてバリバリ活躍しておりますよ!」
にこやかに言いながら、差し出される冷えたペットボトルのお茶。
会議室の窓からは、都会のビル街が輝いていた。
赤島「(……嘘だな。)」
黄島はにやけながら、さりげなく机に置かれた社員パンフを指差す。
黄島「この写真、初期メンバーの集合写真っすか?……あれ?これ、名前が書いてない人がいますね。」
若手社員「そ、それはですね!撮影当時、まだ社外のパートナーだったので……!私の入社以前の事ですので…」
黄島「ほぉ。だけど“全員ご健在”。」
声のトーンを落とし、じっと若手を見据える。
社員の手が微かに震える。
赤島「やっぱり隠してるな……青島さんに報告するか?」
黄島「今じゃないやろ。」
コソコソ話が筒抜けであるが逆に若手社員はプレッシャーを与えられていた…
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カップを両手で包み込みながら、男は視線を落としたまま動かない。
青島「……フルグラ初期開発メンバー“設計者”の方に心当たりがあるとお聞きしました。」
男「……あいつの名前は言えん。俺はもう関わりたくない。」
青島「分かりました。それでは、また日を改めて。名前を頂戴するまで何度でも伺うことになりますが。クッフッフ♡」
男の指がカップを強く握り、紅茶が小さく揺れる。
沈黙の後──
男「……ひとつだけ、これしか言えない。」
青島「……。」
男「“あいつ”は……自分の名を消したんじゃない。会社に消されたんだ。」
青島「……!」
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署内の会議室でパンフをめくる黄島。青島の喫茶店での聞込み調査と重なる点を探す。
黄島「名前がない…つまり、最初から“存在してないこと”にされた。」
赤島「消された設計者……おそらくゼロの生みの親はそいつだな。」
黄島「……核心近づいたな。ここからどう動こうか?」
オフィス街――
赤島と黄島は「見学者」として新社屋に潜り込み、休憩スペースで若手社員に声をかけていた。
赤島「いや〜すごいな。ここ、社員食堂も無料とか?羨ましいわぁ。」
若手社員「え、あ、はい。あの……どちらの方ですか?」
赤島「ただの業界人。昔フルグラやってて。興味あったから社会科見学。――ちょっと聞きたいんだけど。」
若手社員がわずかに顔を引きつらせる。
赤島「“最初の開発メンバー”、今みんな偉くなってるんだよね。でも一人だけ、どこにも名前がない人いるよね?」
若手社員「…………(顔が固まる)」
黄島「おっと? 図星?」
若手社員は慌てて視線を泳がせ、声を潜めた。
若手社員「……そんな人、いませんよ。ええ、いないんです。いてはいけないんです。」
赤島と黄島が顔を見合わせる。
若手社員「先輩たちからも言われてます。あの人の話は絶対に口に出すなって。……“残されたコード”に触れるな、って。」
黄島「残されたコード?」
若手社員「……すみません、これ以上は……。」
その瞬間、上司らしき人物が顔を出し、若手社員は逃げるように立ち去った。
赤島の拳がわずかに震える。
黄島「……なぁ赤島。“残されたコード”って、ゼロのことだろ。」
赤島「ほぼ確定。」
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その頃、青島は郊外の古びたマンションを訪れていた。
ドアを開けたのは、かつてフルグラ開発に携わったプログラマーの老年男性。
青島「突然の訪問、失礼いたします。私は公安部の青島と申します。……あの、初期開発メンバーで“設計者”の方について伺いたいのです。」
男は一瞬怯えたように青島を見つめ、深いため息をついた。
男「……もう誰も触れようとせんのに。あの人は……本当に天才やった。」
青島「“あの人”とは?」
男「名前は出せん。いや、思い出したくもない。何で今ごろになって調べとるんや?」
青島「ゼロ。これに聞き覚えは?」
男「あの人は、初期メンで設計者やったがゆえにフルグラを愛し過ぎたんや。サービス終了を決定してもあの人だけは反対し続けた。」
青島「……」
男の声が震える。
男「終了決定を境にあの人は会社に来なくなった。心配した今の会長が家を訪ねたんや。そしたらパソコンに突っ伏して意識不明状態で見つかったそうや。その後、あの人がどこでどうなったかは誰も知らん…箝口令を敷かれてみんな無かったことや。」
青島「なぜ箝口令?事件性なかったんでしょう。」
男「言えるわけがない、『フルグラでデカくなり過ぎた会社が下火になったら人身災害?』こんな格好のネタを世間に与えたら終わるだけやろ。」
青島「しかし、設計者のご家族は黙ってないでしょう。」
男「会長があの人の弟なんや!もうこれ以上のことは知らん。帰ってくれ。」
青島「最後に一つ、"残されたコード"について…」
男「!!! 何を調べたいんかしらんけど、俺はもう何も知らん。」
青島「…………。ゼロと関係ありますね?」
男「……。」
首を静かに縦に振った。青島も静かに頷き、深々と頭を下げた。
青島「ご協力感謝いたします。……これで点が線になりました。」
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夜。聞込みを終えて戻った赤島・黄島の前に、青島が現れる。
青島の言葉と彼らの報告が重なった。
青島「“残されたコード”……それはゼロの設計者の痕跡です。」
赤島「若手社員も怯えてましたね。あれは上から口止めされてますよ。」
青島「そしてプログラマーの男性から証言を得ました。設計者・残されたコード・ゼロ。……すべて繋がっています。」
静まり返る空気。
赤島が低く呟く。
赤島「……青島さん。」
黄島「点と点が繋がりましたね。次は……"あの人"の弟、会長を炙り出す番ですね。」
場が一気に緊張に包まれた。
赤島「それ、俺の意見と全く一緒!」
が、緊張が霧散した……




