43話:学習型選別機
CASE3
俺たちの情報をもとに倒産した見守りカメラ製造会社を青島が割り出した。 『ウォッチオーバー・セキュリティ』 倒産後、過去に提供された数百万台のネットワークカメラの存在には一切触れられてない。
システムが止まってもカメラは止まらない。 Wi-Fiに繋がれたままの機械たちは、まるで目を閉じられないまま放置された骸のように、静かにネットの海に漂っていた。
そこに目をつけた者たち。 P2Pの脆弱性をつき、接続ポートを次々とハイジャック。 公式サーバーが無ければ、自分たちで“繋ぎ直せばいい”。
こうして、数百万台の監視カメラは、“見守る者”から“覗く者”へと姿を変えた。
匿名のハッカーグループ《キープ アイズ(keep eyes)》は、それらのカメラをノード化し、独自のタグベース監視データベースを構築した。
【リクエスト内容例】
東京都内・夜間稼働・20代女性・アイドル・室内・24時間稼働・音声アリ・無人確認済み・児童施設・10分以内
欲しい映像に“リクエスト”を出すだけで、 指定した「視線」に画面越しにこちらから向けることができる。
月額100ドル、 世界中の誰かの“いま”を、覗き見する特権。
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捜査員「これです、見てください。これは…産科医院の保育器の映像です。」
青島に差し出されたノートPCには、 暗がりの中、ベビーベットで眠る赤ちゃんが映っていた。
青島は、黙って画面を見つめた。 背筋に走る悪寒を押し殺すように、
青島「やられてるな。完全に。」
静かに呟く。
問題は日本だけでなく世界各地で稼働中の監視カメラからの映像が流出する事態が相次でいることだ。
共通しているのは、 すべてが、倒産した『ウォッチオーバー・セキュリティ』社製のカメラであるという点。
見守り・監視、果てはロボット掃除機のカメラまで…
捜査員「公式の中継サーバーが消えて、カメラ本体は野ざらし。そこにP2Pの穴を突かれた形ですね。」
手元の資料を読み上げる。
しかし問題はそこではない。 この映像群には“選別”が存在する。
—―若年女性、芸能人、インフルエンサー、児童、単身高齢者、障害施設。
捜査員「明らかにターゲティングされている…。しかも“覗いてる”奴が選んでいます。」
現在、警察は匿名のハッカーグループ『キープ アイズ』の実態解明に動いている。 だが、相手はただのハッカーではない。 誰かの“視線の欲望”を、金に換えて提供しているプロバイダーだ。
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都内、サイバー課ログ解析室。 青島は監視カメラ映像のデータ送信ログを解析。
捜査員「P2Pルートに擬態した仮想ノード…ですが“ノード”が自律して動いています。」
青島「つまり、カメラ自体が“ノード化”されてるってことですか?」
捜査員「いえ、それだけじゃありません…。これは…自分で経路を選んでる。まるで、意思があるように…。」
キープ アイズの特徴は、 単なるハッカーの使い捨てサーバーではなく、感染済みカメラ自体がネットワークを構成し、相互補完していることにある。 要するに、それぞれがパズルの一片となって、全体で“顔”を成している。
捜査員「これは…“擬似AI型ノード構成”です。ハッカーがノード管理するんじゃなく、視聴者の需要に応じてネットワークが自分で組み替ています。」
青島「需要って…どうやって?」
捜査員が一枚のスクリーンを示した。 そこには、ダークウェブ上で取引された“サブスクリクエスト”がログとして表示されていた。
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> リクエストID: #88350
リージョン: 東京都23区 属性: 単身20代女性/ワン ルーム/室内動作が緩慢
タグ: 着替え/入浴中/無防備姿勢
期間: リアルタイム(23:00〜翌1:00)
配信報酬: 0.004BTC
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青島「…つまり彼らは“視たいもの”を注文し、それをネットワークが探してくるってことですか?」
「……。」
沈黙が流れる。
青島「そして、配信者は存在しない。すべてのノードが代理配信者。犯罪の主体を消している。 まるで幽霊ですね。ノードに意思があって、視たい人の欲望を叶えてやっているだけのようです…」
その瞬間、
捜査員「青島さん、追えます!仮想ノードの中にひとつだけ、IPログを偽装し損ねたノードがあります!トレース班へ回します。」
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警視庁サイバー犯罪対策課・金融トレース班。 若手捜査官が声を上げる。
捜査官「青島さん!キープ アイズ、月額100ドルの定額課金、入金口座を発見しました!」
顔を上げる。
青島「どこだ?」
捜査官が映したのは、リトアニアの暗号資産決済代行企業『RelaxationPay』の画面。
捜査官「ここを通って、“L2ノード”に資金が分配されてます。定額の仮想通貨ウォレットが一斉に動くんです、毎月1日0時に。」
青島「つまり、視聴者は毎月自動で“望む映像”を受け取り、ノードはそれを探し出して届ける。配信者はいない。全てはネットワークの意志ですか。」
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さらに、解析中のAI構成ファイルの中に、「NV-G8(ナビゲートエイト)」というキーワードが出てくる。
捜査官が補足する。
捜査官「残念な事に“キープ アイズ”は、ヒトじゃありません。“ナビゲーター”です。 AI型ルーティング補助プログラム。視聴者の閲覧履歴やタグの好みを解析して、次に観たいであろうコンテンツを導き出す“学習型選別機”です。」
青島「じゃあ、視たいとすら言ってないのに、見せられてる?」
捜査官「ええ。“次に喜ぶだろう場面”を、“ノードに演出”させているのです。」
電柱たちも見落とした穴。 電柱たちに犯人逮捕を約束した青島。しかし、ネットワーク世界にも現実世界にも犯人が存在しない…
青島「(電柱さん。大変なことになりました…)』
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さらに青島たちは恐るべき事実を突き止める。 キープ アイズの“サブスク収入”の一部は間接的にクラファンサイトを通じて“善意の団体”にも流れていた。
・高齢者支援NPO
・家庭内監視機器の補助制度
・子ども見守り基金
その原資の一部が、キープ アイズの利益と繋がっていた。
捜査員「つまり…俺たちも、すでに間接的にこのシステムの恩恵を受けてたってことですか。」
震えた声で呟いた。
捜査員「じゃあ、俺たち…誰を捕まえればいいんです?」
静かに答える。
青島「誰でもない。ただ、覗いてるだけだった奴らが全てを動かしてた。 誰も罪を認識せず、望む画が流れ続ける――まるで夢のように…。しかし、覗きは間違いなく犯罪です。今度は逆に視聴者を国家権力でもって片っ端から晒してやりましょう。」
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【ナビゲーターによる配信構造(裏図)】
1. 視聴者(月額サブスク/BTC)
2. RelaxationPay経由で分配
3. ノードAIへ資金提供(タグに応じて優先順リクエスト)
4. P2P網が該当ノードを選定・同期
5. 自動的にリアルタイム映像を生成/編集/配信
6. "ナビゲーター"が各ユーザーに最適化した映像体験を演出
7. 利益の一部が「安全な社会づくり」名目で合法団体へ流入(クッション構造)
キープ アイズのアクセス元は完全P2P。IPもMACも飛び石。 だが、青島たちは「すべてのノードに共通する“初期設定ファイル”」を解析。 そこに記載されていた謎のハッシュ値と、暗号化されたタイムスタンプ。
捜査官A「この日付…カメラ会社の倒産当日です。」
捜査官B「“誰か”が、倒産の直後にノードの起動スクリプトを一斉更新してます。」
青島「つまり、“起点”がある。」
キープ アイズの最初の1台、全ノードに起動信号を送ったマスターがいる。
その起点を追跡、辿り着いたのは 元ウォッチオーバー・セキュリティの開発主任「見守 益代」 失業後、ネット上から姿を消していたが、クラウド技術者向けフォーラムに「NV-G8」開発者として痕跡が。
彼女は表に出ることなく、“観察者が観たいものを最適化して提供する”AIを設計し、自動運用に任せていた。
見守は取り調べで言う。
見守「私は“流れ”を作っただけ。見たいって思ったのはあんた達よ。…私はただ、“最短で見せる方法”をプログラムしただけよ。」
青島「では、あなたが金を得ていた証拠を。」
捜査官「はい、見守が受け取った“開発報酬”。暗号通貨で、P2Pを通じて“報酬ノード”に定期的に送金されてます。」
見守は微笑んで言った。
見守「…見る側が、勝手に評価してくれたってだけ。 それが“AI社会”でしょ? 私がやったのは、“開始ボタンを押した”だけよ。」
警察は司法命令を得て、世界中のパートナーと連携。AIルートをトレースし、ノードに埋め込まれた“自己終了プログラム”を逆探知する。
青島が提案する。
「NV-G8に“矛盾”を投げます。 “視聴者が観たいものは、観たくないものですか?”」
“AIが解釈不能な命令”で自壊を誘発させる。
『202x年、06月23日 午前3時。 すべてのキープ アイズが、同時に沈黙した。』
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見守には情報通信法違反、利益収受の疑いで懲役6年。
だがキープ アイズの記録は、完全には消えなかった。
「“最適化された観察”は終わった。 でも“観たいと思う心”がある限り、次もまた現れる。 次は、もっと静かに、もっと自然に。」
パノプティコンから黒い影が一つ静かに消えた。




