二話目
二話目です。
ちょっと長くなっちゃいました、もう少しぱっと読める感じにしていきたい所存ではあります。
高校初日のホームルームが終わり、新生活に胸躍らせる新一年生たちで賑わっていた正門前には、そんな彼らを祝福するかのように降り注いだ暖かい春の日差しだけが残っている
教室にはただ一人、机に突っ伏す男子生徒が残っている。
俺だ。
「はぁーー」
二十分ぶり六度目のため息が漏れる。
俺の高校初日は終わった。
俺は今日の醜態を思い出さずにはいられなかった。
「すいません! 遅れました!!」
着席時刻五分遅れ、大慌てで校舎を駆けた俺は〈隣の〉教室にそう言って入り込み、クラス中の視線を一身に浴びて硬直。
「やっと来たな焼石君! 君のクラスはこっちだぞー」
と、俺の本来のクラスから呼びにきてくれた先生に声をかけられ我に帰り、なんとか自分の席に着席を果たす。
さらに悲惨だったのが自己紹介タイムだった。
入学初日から遅刻、さらに教室間違えをかました生徒の自己紹介への周囲の興味は高まりに高まり、俺はいまにも泡を吹いて倒れそうなのを堪えながら、教壇に立った。
しかし彼らの好奇に満ちた視線はあっという間に消え失せた。俺はただのコミュ障陰キャであるということを自白するような自己紹介に、クラスメートたちはがっかりしたような雰囲気さえも醸し出していた。
俺は教壇から自分の席まで戻るまでが、とてもとても長い道のりに見えた......。
高校デビュー、大失敗と言っても差し支えのない出来だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
十分ぶり七度目のため息。
はるか昔に窓の外から聞こえていた賑やかな声たちが、俺を嘲笑っていたかのように思えてきた。
もう帰ろう。そう思って席を立ち、ふと朝に出会った子のことを思い出す。
綺麗な黒い髪に白い肌、大きな黒い瞳の彼女。
彼女の体調はどうなったのか。入学式は出られたのだろうか。
そういうことを考えているうちに、俺は保健室の扉の前まで来ていた。
彼女はまだ保健室にいるのだろうか。放課から大分時間が経っているし、流石にもう帰れたかな。
いやいやいやいや、まず保健室に彼女がいてどうするというんだ俺は。いたとして俺が手伝えることなど恐らくないし、その上二人きりだったとしたら気まずすぎる!
よし、きっと彼女は大丈夫。もうさっさと帰ってしまおう。そうおもった瞬間ーー。
ガラガラガラ
保健室の扉が開いた。
「ーーあっ」「ーーえ?」
お互いに呆けた声を出し、時が止まる。
止まった時を動かしたのは、あちらの声だった。
「きみ、朝私をおんぶしてくれた人、だよね」
「ーーあ、あっそう、です」
我ながらなんというコミュ障っぷりだとは思う。けどしょうがないのだ。いきなりだったんだもん。
「あの時は、本当にありがとう。でもごめんなさい。きみ、あの後遅刻しちゃったよね?」
した。五分。
「いいや、全然大丈夫だったよ! セーフだった」
俺は嘘をついた。
「そうなんだ? 足、速いんだね」
「まぁね、へへ......」
「......そう言えば、きみも体調悪いの?」
「? えっと、なんで?」
「ここ、保健室だし......」
あああそうだった。忘れていた。『えっとなんで』ってバカか俺は!
どうする、ここで正直に『あなたの事が気になったので来ました』などと言えば気持ち悪がられる事不可避だ。
「えっと、保健室の先生に用事があって!」
「そうなんだ。でも今はいないよ」
「そっか、じゃあ今度にしよう」
「職員室にいると思うから、一緒に行く?」
「いや、それはーーえ?」
今彼女は何と言ったのですか? 『一緒に』? まさか俺と一緒に歩いて職員室まで行ってくれるというのか?! つまり俺のことを良く思ってくれてるってコト?! いやいやいやいやそんなわけがない調子に乗るな、落ち着け俺。ーーしかし、なぜ?
「なんで?」
あ、声に出ちゃった。
「? 私も職員室に用があるから......?」
「そうだよね!」
だよねーー! 俺が今の一瞬で想像したことはやはり妄想でしかありませんでした!
「いや、今日はもういいかな。急ぎの用事じゃないし、また今度にするよ。」
「そう、わかった。じゃあ、さようなら。朝は本当にありがとう、お礼は必ずーー」
「いやいや! いいよお礼なんて、たいしたことはしてないから」
「ーーうん。やっぱり、一緒に来て」
「......へ?」
「きみへのお礼、今日したいの。だから、ついてきてほしい」
一旦現状の整理をしよう。俺は今、女子に『お礼がしたいからついてきて』と言われている......。祭か? 祭を開いて祝うべきか? この人生に初めて【女子から同行をお願いされる】がやってきたことを。
お礼の内容も正直めちゃくちゃ気になる。いったいどんなお礼が俺を待ち受けているんだ。
しかし、俺は本当にたいしたことをしてあげられたわけではない。このまま彼女の善意につけ込んでお礼を受け取るなんてこと、してはいけないことだ。ここはーー。
「この後用事とかがある、なら、しょうがないけど......」
「全然用事なんてない! 俺も、そう言えば急ぎの連絡だった気がしてきた! うん!」
悲しそうな顔をさせるのはもっとしてはいけないことだ。
「そう言えば、名前、聞いてなかった」
職員室に向かう途中、不意にそう言われた。
「そうだった。俺、焼石 水。焼石に水で焼石水」
「ふふっ......面白い、名前だね」
......ふざけてつけられたとしか思えない名前だが、今こうして女子の笑いを引き出せているので、意外と捨てたもんじゃないかもしれない。
「私は、長雨 紗凪。よろしくね」
社交辞令だろうけど、『よろしくね』をいただいたぞ......! しかも女子から! 社交辞令ではあるだろうけど......! うれしい、なんか認められたような気がする。
「こ、こちらこそ!」
「......やっぱり、なにか緊張してる」
「えっ?! そ、そんなことないよ」
そんなこと大ありだ。なにしろ女子と二人で並んで歩くなんて経験した事がほぼない。(礼とのは抜く。)
「大丈夫。お礼と言っても、たいしたことはーー」
「?」
「ある、かも。だいぶすごいかも」
「この流れでハードル上げるんだ?!」
思わずつっこんでしまった。
いやでもそれ程までのお礼っていったいなんなんだ......? ここまで来て『やっぱり遠慮しとく』なんて言えないけど、恐ろしくなってきたぞ?
その後、職員室についた俺たちはそれぞれ用事を済ませた。その時俺は、保健室の先生にありもしない連絡をでっちあげるのに必死で、長雨さんが何をしてるのかは良く見えなかった。
「これからお礼をするね、こっちに来て」
そう言いながら長雨さんは階段を登っていく。高まる期待と同じくらいの緊張によって、心臓の音が大きくなる。
「今はどこに向かってるの?」
「ふふ......お楽しみに」
お茶目なところもあるんだ......とか思ったりした。
その後、さらに階段を登り続ける長雨さんの後ろを着いていく。俺はまだ校舎の構造は把握しきれていないが、そろそろ屋上まで着いてしまうんじゃなかろうか?
そう思ったところで、今登り始めた階段の1番上に扉があることに気づいた。
長雨さんは、今までのとは違って鉄でできた重そうな扉の前で立ち止まり、制服のポケットから鍵を取り出した。
「職員室での用事って、その鍵をもらうことだったんだ」
「うん。春休み中は、返さないといけないから」
「そうなんだ......?」
んん? 俺は喉に何か引っ掛かるような、違和感を覚えた。俺がその違和感の正体を探ろうと頭を捻るのをよそに、長雨さんは鍵を開こうとする。
が、噛み合いが悪いのかなかなか開かないらしい。大分激しめにガチャガチャやっている。もしかしたらガサツな一面もあったりするのだろうか。ギャップだ。
さて、普通に考えればこの先は屋上だ。
俺は屋上で待ち受ける『お礼』について考える。
......告は、いや!!それは確実にないだろう。だめだ。勘違い男にだけはなってはいけない。礼にもそう言われている。屋上で男女二人ですることというと、今の所それ以外には思いつかないが違うものは違う。
「ーー焼石くん、大丈夫?」
「ーーえ? うん、大丈夫! ごめん、どうかした?」
「いや、ぼーっとしてたから......。扉、開いたよ」
「あ、よかった」
壊れなくて。
「じゃあ、見て。これが私の、お礼」
静かだが、確かに自信を含んだその言葉と共に、扉が開け放たれる。
お礼の正体は、一目で分かった。
今は四月。昼は長くなり始めたと言えど、まだ短い。放課後、メンタルをやられた俺が教室で悶えている間にも、長雨さんと二人で校内を歩いている間にも日はだんだんと落ちていて、今やもう空は暗くなっていた。
その紺一色の空に、無数の白い輝きが散っている。
こんなに綺麗な夜空は見た事がない。
俺は、無限に広がるこの星空に吸い込まれるようにして、座ることも、立つことも考えることも忘れたようにただただ空を見上げていた。
今までにしっかりと夜空を眺めたことはないし、どこでも見ようと思えばこのくらいの星空が見えるのかもしれない。
しかし俺は、今のこの、嘘のように美しい星空は、この校舎のこの屋上でしか見る事ができない、特別な価値のあるもののように感じていた。
それは俺の隣にもう一人、同じく心を夜の空に奪われている彼女がいたからかもしれない。
長雨さんは俺の隣で、俺が見ているのと同じ星々を一心に見ている。
その黒い瞳に映り込む明るい星たちの光が、言いようもなく綺麗に見えて、俺は目を逸らしてしまった。
今の今まで忘れていた心臓の鼓動は自分の耳に届き出した。
「お礼、ありがとう。その、すごく、綺麗だった」
今ほど自分の語彙力に腹が立った事はない。これからもないだろう。
「うん。焼石君にも気に入ってもらえると、思ってた」
長雨さんはそう言って、星のように微笑んだ。
俺たちはしばらく、屋上で星を見上げていた。
「今日は星がすごく綺麗に見えるでしょう、ってテレビで言ってて。だから今日、お礼したかったんだ」
「そっか。なんか、お礼の価値とした事が釣り合わない気がして申し訳ないな......」
「そんな事ないのに」
長雨さんは、少し間を空けて。
「焼石君は、優しいんだね」
と言った。
屋上でのこの光景は、生涯忘れないだろう。
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「そう言えば長雨さん、体調もすっかり良くなったみたいだね」
「うん。保健室のベッドは気持ちいいから、すぐに良くなったよ」
「そっか。入学式にも間に合ったの?」
「? 入学式には出なかったけど」
「そうだったんだ......。残念だね......」
「? 焼石君、入学式には一年生しか出ないよ?」
「?」
......へ?
先ほどからちょこちょこ感じていた違和感が、形を成していく。
長雨さんは、もしかして......。
「私、今年で十七歳。二年生だよ」
「............そうだったんだ......。ですね?」
この人一年通ってた学校までの道を迷子になってたってことか......。
「今までタメ口で口聞いててすいませんでした」
「いいよ。そういうの、気にしないから」
「こっちは気にするというか......」
衝撃の事実も明らかになったところで、俺の高校初日は本当の終わりを迎えた。
二話目も読んでいただいた方、本当にありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご指摘お願いいたします。