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 武蔵大和署取調室。刑事ドラマに出てくる取調室と何ら変わりのない、周囲をコンクリートで囲まれた4畳半程度の部屋である。取調官は神保が担当し、書記を二宮がおこなっている。取り調べを受けているのは今井健三だ。すでにここまでで1週間取り調べが終了し、神保が調書を見ながら最終確認を行っている。今井は当初から観念し、すべてを話していた。

神保が話す。「すべてが7年前の飛行機事故から始まったというわけだな」今井が頷く。

「那覇空港沖の飛行機事故で長谷川和人さんが生き残っているという噂があり、当時、探偵社にいたお前が調査を担当した」

「ああ、そして福岡にいた長谷川和人を発見した」


 今井の供述内容は次のようになる。

 長谷川和人によく似た人物が、福岡にいるのではないかとの連絡を受けた保険会社は今井のいる探偵事務所スマートリサーチ社に調査を依頼した。

 今井は長谷川を見たという外協製薬の同僚や、実際はそれ以外の人間からも目撃証言を得たそうだ。その情報をもとに調査範囲を狭めて、ついに福岡郊外の土木現場で働いている和人を発見することができた。

 これで和人の生存が確認されたわけで探偵社としては調査完了のはずだったが、今井はさらなる儲け話を考えていた。和人が生存の事実を隠していることには裏があるはずで、そこを突けば金になると踏んだわけだ。

 それで和人本人に交渉を持ちかける。案の定、和人は生存している事実を隠したがった。それで今井は金銭的な解決方法を提案する。要は黙って欲しければ金をよこせということである。

和人はその時、個人的に300万円程度の貯金があったようで、それを全額、今井に支払った。今井はこれにより和人生存の事実を無いことにした。これが今回の事件の発端である。

今井は和人が元の生活に戻りたくない理由については興味もなく、追求しなかったそうだ。

 その後、今井はその不誠実な行動から探偵社を首になるが、こういった調査会社の情報を金にする反社集団は多い。今井としてもそういったグループに自分を売り込み、関西系の反社組織に属することになった。実際は調査会社で得た情報や調査手法を反社グループに持ち込んでの悪事ということだったようだ。

 その後、今井は関西から東京に戻るべく現在の多摩連合に移籍する。これは多摩連合のリーダー城所が今井のようなブレーンを欲しがったこともあるようだ。単なる暴走族集団から、より金の稼げる半グレグループを目指した。こうして今井は多摩連合のブレーンとしての活動を開始する。

 今回の事件については、当初は計画していなかったそうだ。ただ、ひょんなことから今井が和人を見つけることから始まった。

 和人が住み込みで働いていた廃品回収会社は多摩連合の傘下にある企業だった。違法廃材の処理なども請け負う受け皿としていたようだ。その現場に今井がたまたま訪れ、運の悪いことに和人を発見する。それが引き金となり、今回の事件を今井が立案した。

 長谷川千尋にそれとなく接近し、お誂え向きに彼女は和人に未練があった。それを利用し、和人に会わせると持ちかける。あらかじめ和人の現在の写真を見せ、千尋をある程度信用させたのだ。

 そして千尋は真偽を確かめたいために玉川上水まで来ることを了承する。立川で千尋を迎え、まずは廃品回収業現場で働く和人を遠くから見せる。7年ぶりだったが千尋は和人であると確信する。そしてその夜に面会の約束を取り付けたと嘘をいい、玉川上水の現場まで連れていき、自殺に見せかけて殺したのである。

 もちろん、今井の調査で千尋の貯金額は確認済であり、全額、その日のうちに多摩連合の口座に移動させた。警察には和人と千尋のラインはわからないはずなので、自殺として処理されるだろうという目論見だった。人の愛情をもてあそんだ卑劣な犯行である。

 そんなことを知らなかった和人は最近になって、千尋が殺されたことを知る。それも玉川上水という自分の目と鼻の先である。すぐに今回の黒幕を今井だと考え、調査した結果、多摩連合に今井がいることを知り、今回のクラブでの騒動となった。


 神保が話す。

「警察を甘く見たわけだ」

「まあ、そういうわけだ。和人と千尋のラインに気が付くとは思わなかったよ。和人がクラブに来ても正当防衛だと言えば、何とかなると思ったし、まあ戸籍のない人間だから殺したところで何ともならないと踏んだんだ」

「まさか、警察が踏み込むとは考えも及ばなかった訳だな」

「ああ、それもあんな火の玉警官が来るとはな、計算外だ」

 確かに通常、警察官はあんなに早くは突入しないだろう、あんなことをやるのは鮫島ぐらいだ。でもあそこまで必死になるとは、神保にしても不可思議である。鮫島は元々、元気があり正義感が人一倍強い人間だ。それにしてもあそこまで無茶をするようなことはない。警察官として組織での行動原理も叩き込まれているはずだ。それがなぜ今回のような行動に出たのかが神保にはよくわからなかった。


 都立多摩西部病院。東京の多摩市にある大型総合病院である。駅からは若干、離れており、その分、緑が多い自然の中の病院である。

 黒瀬は奇跡的に10針を縫う程度の外傷で済み、3日後には業務に復帰した。

 そして本日は捜査のため、病院に来ている。

 エレベータに乗り、7階の病室を訪ねる。4人部屋の奥のベッドには長谷川和人がいた。和人は黒瀬とは異なり、軽傷では済まずに骨折と刺創―刺しキズ―挫創・挫滅創などの怪我のフルコースだった。全治3か月との診断が出ている。黒瀬が和人にお見舞いの品を渡し、容体を聞く。

「どうですか、その後は?」

 和人がゆっくりと話す。

「自分に痛みを感じる部分があるとは思いませんでしたよ」

「今回は和人さんらしくない行動でしたね」

 和人は下を向く。自分のしでかしたことを後悔しているようだ。

「ゆきに悪いことをした」

「そうですね。鮫島にとって和人さんは知り合い以上の存在だったんです。」

 下を向いた和人の目から涙が落ちる。黒瀬が話す。

「少し事情を確認させてください。」

 和人が頷く。

「千尋さんの死はいつ頃知ったんですか?」

「襲撃した3日前かな、たまたま行った定食屋の週刊誌で読んだ。それまで全く知らなかった。まあ、世間とは切り離された生活をしているからね。

殺害現場と状況から、すぐに千尋は俺がらみの事件に巻き込まれたとわかったよ。それから、今井や多摩連合について調べた。まさか俺が働いていた会社が多摩連合傘下だとは知らなかった。それでも逆にその筋からすぐにわかった。今井とは手切れ金を払ったことで今後は一切かかわらないはずだったんだ。そういう約束だった。それを反故にしやがって。」

「それにしても無謀な行動でしたね。」

「言葉もない、どうしたんだろうな。俺の中に熱いものが残ってたなんて・・・」

「鮫島の影響ですかね。」

 和人は黙ってうつむいている。黒瀬が聞く。

「それから、聞きたいのは、なぜ、自分が生存していることを隠したんですか?」

 黒瀬は本当に聞きたかった質問をする。襲撃動機よりもこれが最も聞きたかったことだ。

「どうしてかな。あの当時はいろんなものに疲れていた。生きる意味すら見いだせない状態だったかもしれない。もちろん、千尋との結婚が間違いだったとは言わない。ただ、それまでの俺の生活は何の束縛もなく、自由に生きてきたんだ。それがアメリカから日本に戻ってから180度変わってしまった。なれない日本の企業勤めもそうだし、人付き合い、結婚生活、すべたが型にはまった生活だった。それも全く余裕のない状態だった。日本に戻ってくるべきじゃなかったかもしれない。」

 和人は一息つく、黒瀬は和人が再び話し始めるのをじっと待っている。

「あの日も学会発表のために朝一番に羽田空港から那覇に向かうはずだった。ところが連日の疲れからか、つい空港ロビーで寝てしまったんだ。気が付いたら自分の鞄が無くなっていた。すぐに空港の担当者に確認を取ったが、すでに飛行機は出発したあとだった。携帯や財布もなく連絡手段も無くなって、しばらくは茫然としていた。まあ、この時すでに精神を病んでいたのかもしれない。ところが、その後の飛行機事故だ。まったくびっくりしたよ。乗ってなくてよかったとも思った。そしてさらに驚くことに行方不明者に俺の名前があるじゃないか、おそらく俺のカバンを盗んだやつが代わりに乗りこんだということだろうな。その瞬間に俺はそれで解放された気がしたんだよ。自由になったってね。」

「千尋さんは貴方を待っていましたよ。」

「そうだな。千尋には申し訳なかった。ただ、これは詭弁かもしれないが、俺の慰謝料や保険金で千尋はこれからの人生、十分に生きていけるはずだった。それと俺じゃない相手を見つけて幸せになってほしかったよ。残念だけど、俺は千尋を幸せには出来なかった。」

 それだけ言うと、和人は黙って窓の外に目をやる。そこから多摩丘陵が見渡せている。

 黒瀬がもう一つ聞きたかったことを聞いてみる。

「鮫島さんにドーピングさせたんですか?」

「ドーピングか、ゆきの強くなりたいという気持ちはわかるんだ。

俺はアメリカにいたころにジークンドーと出会った。格闘技としては最強だと思う。ゆきと知り合って色々話をしているうちにこの娘は俺と同じだと思ったよ。強さへのあこがれとでもいうのかな。どうしたら単純に強くなれるのか、最強になれるのかっていつも考えていた。まさに自分の若いころを見ているようだった。年甲斐もなくゆきに入れ込んだんだ。自分の分身のように思ってた。

 それで肉体の限界に悩んでいる彼女に話をした。アナボリックステロイドって筋力増強剤があるという話だ。俺の経歴は知ってるよな。薬学専攻でそれなりに知識もある。タンパク質関連では博士論文も書いた。そういう意味ではゆきに最適な処方を施したと思ってるよ。もちろん後遺症が残らない最適な方法だよ。

 でもどうだったのかな、あの娘にとってそれが幸せなことだったのか、よくわからない。」

「そうですね。本人が望んだことですから、仕方がないかもしれません。しかしできれば鮫島さんには普通の女性として幸せをつかんでほしいと思います。やはり、普通ではないですよ。あそこまで格闘技にのめりこませるのは・・・そして、それを踏みとどませられるのは貴方しかいなかったと思います。

ああ、でもこれだけは言えます。鮫島さんは和人さんと出会えて幸せだったと思いますよ。人との出会いは何よりも代えがたいものですから。鮫島さんもそう言ってました。」

 黒瀬が自分の鞄からハンカチを出して和人に渡す。和人はそれをもらって下を向いたまま止まらない涙を拭いている。


 同じ多摩丘陵の景色を違う階で見ている人間がいる。左手と右足の太ももには包帯が巻かれている。

 病室に二宮が入ってきた。ああ、いつもの軽率な感じだ。一応、お見舞いも持ってきているようだ。

「おお、鮫島、元気そうだな。」

 病室のベッドには鮫島ゆきがいた。

「何、言ってるんですか、この足見てくださいよ。今度は右足骨折ですよ。こっちにもプレートが入ってるんですよ。」

「まあ、骨折で済んだんだからよかったんじゃないか、銃で撃たれたんだから、死んでもおかしくなかったぞ。」

「左足が治ったと思ったら今度は右ですからね。両足プレート付で私はサイボーグですかって言うの。」

「でも元通りになるんだろ。」

「治しますよ。医者は完璧にはどうかなとか言ってるけど。」

 二宮が鮫島のベッドわきにある花瓶に入った豪華な花を見る。そのせいか病室はいい香りがしている。

「これ、誰から?」

「ああ、黒瀬です。さっきまで居たんですよ。」

「さすがイケメン。」

「黒瀬のおかげで助かったようなものです。」

「単なるイケメンじゃなかったな。ああ、これお見舞いな。」

 二宮が袋に入った箱を差し出す。

「何ですか?これ?」

「青木屋の武蔵野日誌。」

「定番ですね。」

 黒瀬の豪華な花と比べて差が付いたことが明白な二宮が、ベッドわきの丸椅子に腰を下ろす。

「あの乱闘で死者が一人も出なかったのは奇跡だな。」

「何、言ってるんですか、私は手加減してるんです。奴らは知らないけど。」

「お前、手加減ってほとんどが全治3カ月だぞ。まったく鮫島は・・・で、どのくらいで復帰できそうなんだ?」

「1か月ぐらいでしょうか、それまでは二宮先輩が雑用やってください。」

「ちぇ、面倒だな。」

「まったく、あれ、でも先輩、前回の入院の時はお見舞い来なかったですよね。前の方がけがはひどかったのに。」

「そうだったかな。まあ忙しかったんだよ。」二宮が空とぼける。

 ここで鮫島がふと悪だくみを思いつく。

「前回の階段襲撃事件ですけど、私、思いついたんですよ。」

 二宮がきょとんとした顔をする。

「よくあるじゃないですか、犯人は思いもよらない人物だったって。」

「え、何のこと?」

「ドラマや小説で最後に出てくるやつです。犯人は意外な人物だったってやつですよ。」

 二宮がのどを鳴らす。鮫島が不敵に笑う。

「犯人は二宮さんですね。」

 意に反して二宮は真っ青になる。そして瞬時にその場で土下座をする。

「すまない。申し訳ない。」

 鮫島が逆にきょとんとする。え、どういうこと?

「出来心だったんだ。あの日、おれ酔っぱらって帰るときにお前を見たんだよ。後ろから押してびっくりさせようと思っただけだった。押してから掴めると思ったんだよ。」

 今度は鮫島が青くなる。え、え、えーーーーーーー!

「だって鮫島だったら落ちても大丈夫かなとも思ったし、こんなに大事になるとは思ってもみなかったんだ。許してくれ!」

 二宮はおでこを床にすらんばかりに謝り続けている。

「まったく、二宮さんはどうしようもないな。」

「申し訳ない。何でもするから。」

「そうですね。じゃあ、今後、一年間は私が食べたいと言ったときには食事をおごってください。」

「一年間も、吉野家でもいい。」

「だめ!少なくとも回らないお寿司とか、しゃぶしゃぶできる料理店とかです。」

「え、そうなの。」

「犯罪行為を黙っててやるんですから、それぐらいは覚悟してください。」

「もし、破ったらどうなるの?」

「私と同じ目に合わせます。」

「うそだろ、もうわっかりました。従います。」

 鮫島の笑い声が病室に響く。


                                      了

短編です。いつも長いものばかりだったのでこういったものも書いてみました。

やはり刑事物は書くのが楽しいです。

元々、好きだということもあります。

次作はこの鮫島が再び登場します。冷泉三有シリーズです。

現在、推敲中です。けっこう時間がかかります。

プロの作家は推敲は何回ぐらいやられるのでしょうかね。当方は10回では済みません。

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